夏の憂鬱(7)
 海へと続く坂をカペラの歩く速度に合わせてのんびりと下って行く。テイトの友達二人は遥か先、カストルとラブラドールも20m先を歩いている。
「二日酔いじゃないのかよ」
 テイトがボソッと呟くように言った。相変わらず不機嫌な様子だ。
「昨夜は俺等も早く寝たんだよ」
 不機嫌なテイトにつられてオレも拗ねた調子で答えた。
「もう、二人ともいいかげん、仲直りして! 子供じゃないんだから!」
 カペラがこんな調子のオレ達をなだめるように間に入る。そもそもカペラを真ん中に手を繋いで歩いているのだが。
 こうして歩くのも久しぶりだな……
「オマエもカペラみたいに可愛い次期があったよな〜。昔は『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って、オレの後を追っかけまわして……いつから、呼び捨てになったんだ?」
 オレは昔の面影を探すようにテイトを見下ろした。面影を探すも何も実際、手足が伸びた以外は子供の頃から何一つ変わってない。
「なっ!!!!!」
 テイトは驚きと怒りを混ぜたような表情をして立ちすくんだ。
「ん? どうした?」
「フ、フラウがっ……」
 怒りで肩を震わすとはこういう時に使うのか?と思わず納得してしまうほどテイトは見るからに怒っていた。
「あ、オレ、何かマズイこと言ったか?」
 何で怒っているのかまったく検討が付かない。とりあえずここは素直に謝っておく方が懸命だ。
「悪いテイト、オレが悪かった」
「ああ、もう、いい!」
 やばい、どうやら本気で怒らせた。
「は〜、お兄ちゃん達、今度は何?」
 溜息を突きながらカペラが再び仲裁に入る。
 6歳の子供を呆れさせる20歳のオレ。やれやれだな。それにしてもテイトはなんで怒ったんだ?
 オレはテイトの怒りの原因を究明しようと昔の記憶を遡った。





「フラウ、手を繋いでもいい?」
 親父と張った蚊帳の中、布団を二つ並べて寝ているとテイトが小さい声で囁いた。
「トイレか?一緒に行ってやるよ」
 オレは半身を起こして言うとすかさず「ちがうよ!」とテイトが頬を膨らました。
「怖い夢でも見そうなのか? もう、中学生だろ」
 そうは言ったがテイトはどう見ても小学生のしかも低学年にしか見えない。
「甘えるのは今日が最後だって言うから……」
 ああ、そういえば言ったかもしれないな。オレは海での会話を思い出した。
「しょうがねーな。ホレ」
 テイトへ手を伸ばすとその手をそっと握ってきた。まったくと呆れた態度を見せるがその実、小さくて柔らかい手の感触に自分の中の邪な気持ちが沸々と沸き起こる。純粋にお兄ちゃんと慕って来るテイトに兄としてでは無い別の感情。
 そりゃ、マズイだろ? 男同士だし、血は繋がっていないとはいえ兄弟なんだから。
 そっとテイトの方へ顔を向けるとクリッとした瞳と目が合った。
「どうかしたか?」
 心なしかテイトの瞳に淋しさが滲む。
 テイトは「なんでもない」と力なく首を振った。
「さっさと寝ろ」
「うん……フラウ、明日も居る?」
 口にした言葉以上に瞳が語っている。吸い込まれそうになる瞳から無理やり視線を逸らすと「ああ」と返事をした。
 明日も……
 無理だな。これ以上はテイトの傍には居られない。心の中では『離れたくない』が大半を占めているがこの感情を持ったまま一緒に居る方がきっと数倍辛いに違いない。もう少しオレが大人になれば兄貴としてコイツの傍に居てやれるだろう。それまでは……
 すー。
 テイトが静かにゆったりとした寝息を立てて眠っている。
 オレは体を起こすと片手を付いてテイトに覆い被さった。瞼がピクッと動いたが目を覚ます気配はない。オレはそっと唇を近づけた。眠っているテイトにキスをしたのはこれが始めてじゃない。キスする度にこれが最後と自分に言い聞かせてはいたが……





「は〜」
 余計な過去をうっかり掘り起こし、オレはがっくりと肩を落とした。完璧に変態野郎だなオレは。そして、数年経った今も結局何も変わらなかった。オレはコイツが可愛くてしょうがない。もちろんカペラも可愛くてしょうがないがそれとはやっぱり違うんだよな……
 まさかと思うがオレの気持ちに気付いてテイトにウザイと思われてるのか?
 それならそうとはっきり言われた方がいっそきっぱり諦めが付くってもんだ。この際、変態呼ばわり覚悟で告ってみるか?
「なぁ〜テイト」
 ここは一つ男らしくと思っているのだが声に力が入らない。
「実はその……」
 オマエの事がす、好き……
「オーイ! テイトー! こっちこっち!」
 砂浜にゴザとビーチパラソルをセッティングしたミカゲが両手を広げてテイトを呼んでいる。
「あ、今行くー!」
 嬉しそうにテイトも大きく手を振り替えした。
「カペラ、走るぞ」
「うん!」
 オレの手からするっとカペラの手が離れテイトがミカゲの元へと走っていってしまった。
 結局、オレの決意は宙に浮き、ホッとしたような情けないような……
 くすくす
 ラブラドールが口を押さえて笑っている。
「情けない顔して」
 カストルも呆れ顔だ。
 な、何? 二人とも物知り顔で。オマエラはいったいオレの何を知ってるってんだ!
「まぁ、まぁ、フラウ。焦ることないよ。こっちの時間は向こうより遥かに長くゆっくりと動いているんだから……」
 だから、向こうってどこだよ!
「そうですよ。フラウ、さぁ、昨夜の酒盛りの続きをするとしましょう」
「そうだな、こうなったら自棄酒だ! ラブ、昨日の得体の知れないカクテルを作ってくれ!」
「はい、はい」
 ラブラドールの笑顔に少し落ち着きを取り戻した。そうだ何もわざわざ嫌われることもない、ウザがられても兄弟だ! 兄貴として堂々と纏わり付いてやる!




 少年達から「酒を飲むには日が高すぎる!」と非難を浴び(特にカペラから)しかたなく海に入ってひと泳ぎすることにした。
「カペラ〜浮き輪から手を離すなよ〜」
「うん」
 カペラの浮き輪に捕まりプカーっと海に浮かぶ。
「気持ちいいな〜」
「それより、フラウ兄ちゃんしっかり泳いでよ。沖に流されてる」
 ああ、解ってる、解ってますとも。だからバタ足で頑張っているのだが浮き輪の抵抗で中々前に進まない。
 のんびりと浮かんでいられるのも岸から波の無い沖へと流されてしまったからだ。
 ざばっ
「あ、テイト兄ちゃん!」
 突然ひょこっと水面からテイトが顔を出した。
「フラウ!沖に流されてる!」
 どうやら見かねたテイトが救助に来たらしい。
「まったく、やっぱ二日酔いなんじゃねーの」
「うるせー、この浮き輪がでかすぎんだよ」
 テイトは大人3人が余裕でしがみ付ける大きさのカペラの浮き輪を掴むとゆったりと泳ぎだした。
 昔はオレにしがみ付いていたのに今じゃちゃんと一人で泳げるんだな……そう、昔は……あっ
「思い出した!」
「何だよ?」
「オレだ!」
 テイトとカペラが突然大声を上げたオレの顔を不思議そうに見つめた。
「オレが自分で呼び捨てにしろって言ったんだった!」
「ああ、そのことかよ」
 テイトは何を今更と相変わらずの不機嫌顔でオレを睨みつけた。
「なあ、テイト。昔みたいにお兄ちゃんって言っ」
「ぜってーヤダ!」
 言い終わる前に速攻拒否されあえなく撃沈。
「フラウ兄ちゃん、可哀想〜ふふふ」
「ぷっ」
「んぁ?」
 いじけたオレが可笑しかったのか二人が笑い出した。テイトの顔にも笑顔が零れる。
 テイトの機嫌を損ねてばかりいたオレは久しぶりに見る笑顔に少しホッとした。
「良かった」
「何が?」
「オマエずっと笑わねーから、遂に嫌われたかと思って」
「別に嫌ってない!」
「えっ?」
 珍しくテイトが声を上げて否定した。嫌いじゃない? じゃ、好きか? と、聞きたいのは山々だが「好きじゃない」と即答されたら今度こそ凹みそうなので止めておく。
「ウザイとかは?」
「それは少し思ってるけど」
「思ってんのかよっ」
 ショックだ。そんなはっきりと言わなくても……
「ウザイよね〜フラウ兄ちゃんは!」
「カペラまでっ!」
 そんなやり取りを見てテイトが声を上げて笑った。その笑顔に見惚れているとテイトと目が合ってしまった。視線を逸らそうとするのだが外せない。身長も伸びて多少筋肉も付き、骨ばった体付きになったが瞳は変わらずその愛らしさを強調していた。そしてテイトの頬が赤いような……ん?
「な、何見てんのっ?」
 そういうオマエは何で照れてんの?
「いや、別にっ」
 慌ててテイトから視線を外した。やばい動悸が。もしやこれって……





 浮き輪が岸へと近付くと砂浜でラブラドールとカストルが手を振った。ミカゲとハクレンは大声でテイトを呼んでいる。
 それを眺めながらこの夏の予定をお浚いする。

 まずはヤツラを別荘からとっとと追い出して……

 明日にはやってくるであろう親父たちにカペラを任せて、お、これは逆か? カペラに親父たちを任せて……



 そしてこの夏は何が何でもテイトと過ごす……
 ウザがられても。


 頭の中はスコールが去った後のように晴れ渡っていた。
 成すべき事はたった一つ




END
Summer vacationに続きます





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