Summer vacation
「ん……」
 暑い! 無理!


 ジリジリと焼け付く夏の日差しに挑むように太陽の下で横になったが結局2分と持たなかった。テイトはパラソルの下に戻るとクーラーボックスから冷たいタオルを出して額にあてた。
 2時間前から顔の火照りが納まらず、いっそ日焼けのせいにしてみるか? と太陽の下に出てみたが肌に突き刺さるような日差しには敵わなかった。
 目線は自然と砂浜の一角に設置された簡易のビーチバレーコートに向けられる。コートではフラウ達6人が楽しげにビーチバレーに興じている。
 先ほどまでランチをしていたのだが突然フラウとカストルが言い争いを始め、ビーチバレーで勝敗を競うことになったのだ。
『今日という今日は許しませんよ! フラウ』
 カストルが立ち上がると人差し指を突き出した。
『おおよ! 受けて立とうじゃねーか! 準備はいいか? ミカゲ?』
 フラウも立ち上がるとビーチボールを手にした。
『な、何? オレもやるの? 何だかわかんねーけど、おもしれ〜』
 ミカゲもノリノリで立ち上がる。
『ならば、オレはカストルさんに加勢します。負けないぞ! ミカゲ!』
 ハクレンも何故だかやる気になっている。
 ことの成り行きを見守っていたテイトは参加せず、ラブラドールが審判を努めることになった。
『面白いことになったね』
 ラブラドールはそういうと日傘を手に取った。
『僕は〜!!!』
 カペラが自分の存在を主張する。
『カペラはオレと一緒にやるか?』
 フラウがカペラを肩車すると『わーい!』と嬉しそうに両手を挙げた。
『ちょっと!フラウ!』
 テイトが慌ててフラウを止めるが『無理はしないから安心しろ』と片手を振って行ってしまった。こうしてゲームが始まり接戦を繰り広げているフラウ達は瞬く間にビーチの注目の的となった。
 ミカゲの上げたトスをフラウに肩車されたカペラがアタックするとギャラリーから歓声が沸き起こる。
「はー」
 テイトは無意識にカペラを肩車したフラウを目で追ってしまい溜息を突く。それと同時に顔の火照りの原因を作った男の顔を恨めしく睨みつけた。
 2時間前、海から上がったテイトはフラウに後ろから抱きしめられ耳元で『好きだ』と告白された。傍から見たら泳ぎ疲れたフラウがテイトにしがみ付いているようにしか見えないのか、そんな二人を見ても誰も何も言わなかった。抱きしめられたのも一瞬でフラウはテイトからすぐに離れるとパラソルの方へと行ってしまった。残されたテイトは混乱してミカゲに声をかけられるまで放心状態だった。
『オマエの兄貴、意外と情けないな〜』と、ミカゲは楽しそうに笑って言った。
「はー」
 テイトは再び溜息を突く。
 なんだったんだアレは?
 紅潮した頬に冷たいタオルを押し当てると首を捻った。フラウの口から確かに好きだと聞いた。自分の願望でそう聞こえたというのでは無く確かに聞いたのだ。でも、言った当人は何事も無かったかのようになんら変わりない。テイトは顔が火照って激しく動揺してるというのに……言われて舞い上がっている自分がフラウの目にどう映っているのか? 考えただけでも恥ずかしくて死にそうだ。テイトは膝を抱えるとタオルを頭から被った。
「ホレ!」
「わっ!」
 いきなり頬に冷たい物を押し当てられテイトは声を上げた
「アイス食え」
 そういうとアイスキャンディーを差し出しテイトの横に腰を降ろした。
「……サンキュ」
 テイトは渡されたアイスキャンディーを齧った。冷たさは伝わるが味はまったくわからない。隣に腰を降ろしたフラウに全神経が集中する。
「カペラは?」
「ミカゲが見てる。妙に気が合ってな、あの二人。オレの代わりにラブラドールが入った」
 コートの方へ目を向けるとラブラドールがトスを上げ、ミカゲがカペラを抱えてアタックさせる姿が見えた。
「もう、オレはヘロヘロだよ」
「結局、どっちが勝ったんだ?」
「さあな、誰も点数、数えてねーよ」
「……」
 ビーチバレーの方からギャラリーの歓声が上がっているのに二人の耳には入ってこない。そんな沈黙が嫌でテイトは口を開いた。
「さっきの何?」
「あ? 別にウザがられついでに告っただけ」
「意味わかんないよ」
「いいさ別に、わかんなくて。それよりオマエ夏休みは此処に居ろよ」
 フラウにしては珍しい命令口調にテイトは顔を上げた。
「フラウは?」
「オレは夏休み中、此処で監視員のバイト」
「フラウが? あんな泳ぎで何かあった時、救助できんの?」
「うるせー。オレが本気になればあのぐらいの距離だってたいした事ないんだよ」
 フラウは心外だと胸を張って言った。
「テイト、夏の間はオレと一緒に此処に居ろ!」
 此処に居ろと強気なのに声は子供の頃のように優しい。
「いつもオレを置いてとっとと自宅に戻ってたくせに……何で今頃そんなこと言うんだよ……」
 フラウの優しい声に塗り固めた壁の一角が崩れそうになる。フラウの事を諦めようと必死に積み上げた壁なのに……
「散々オレを突き放しといて……」
 フラウに言いたい事は山のようにあるがそれを言えば言葉と一緒に涙まで出てきそうだ。テイトは膝を抱えると顔を伏せた。そんなテイトの頭にフラウが掌を載せようとしたところでミカゲ達がどかどかと戻って来た。
「はぁー疲れたー! どうした? テイト? 具合悪いのか?」
 ミカゲが心配そうに声をかけた。
「いや、アイスが冷たくて」
 そう言うとテイトはアイスキャンディーの棒をかざした。
「あ、いいなオレも食う!」
「僕も〜!」
 ミカゲとカペラがアイス、アイスと騒ぎ出したのを見てカストルが「買いに行きましょうとか?」と二人を伴って売店へと向かった。
「僕達、お邪魔だった?」
 そう言うとラブラドールはフラウに意味深な笑みを浮かべた。
「ああ、邪魔、邪魔、お前等、明日には帰れよ!」
「な、何言ってんの? フラウっ」
 あっけらかんと言うフラウにテイトが慌てて声を上げる。
「あまり長居しても悪いから明日には帰るよ、テイト」
 ハクレンも何かを察したように笑顔を浮かべている。
「え〜、オレは帰らねーぜー!」
 何時の間に戻ったのかアイスを手にミカゲが呟いた。
「……」
「明日もビーチバレーやるんだもんなっ! カペラ」
「うん!」
「プッ」
「ったく……」
「ハハハ」
 どこまでもマイペースなミカゲと意気投合のカペラに一人を除いた一同が声を上げて笑った。
「ま、いいじゃないですか。夏休みは長いのですから……」
 肩を落としたフラウの背中をバシッとカストルが叩いた。
「そ、そうだよね、もう少しのんびりしてこーっと」
 ラブラドールもそう言うとペロッと舌を出した。
「おまえら〜マジでさっさと帰れ……」
「まあ、まあ、先輩。明日も俺等、最強トリオでビーチを沸かせましょうって!」
 ミカゲがグイッと親指を突き出すとフラウは一層、がっくりと肩を落とした。
「プッハハハッ」
 テイトはついに堪えきれず腹を抱えて大笑いした。
「何が可笑しいんだ? テイト」
「え……なんでもない……」
「なんでもなくて笑うのかよ?」
 ミカゲが腑に落ちないと眉間に皺を寄せた。なんでもない訳じゃないが説明のしようがない。
「ミカゲ兄ちゃん、ほっといていいよ。それよりお祭りで金魚すくいやろうね」
 カペラが別の話題でその場を納めるとテイトはホッと胸を撫で下ろした。
 ふとフラウの視線を感じてテイトの頬が再び紅潮する。
「オレ、帰りにもう一回泳いで来るっ」
 テイトはフラウの視線から逃れるように海へと走り出した。


 告白されたことで今まで以上に普通に接するのが困難になったのだと今になって気が付いた。








END


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