夏の憂鬱(6)
「部屋の中にテント張ってるみたいで面白いな!」
「蚊帳だよ! ミカゲ」
「ぷっ」
 やはり蚊帳は珍しいらしい。昔、フラウと父さんがしたような会話が繰り返されて思わず噴出した。
「どうした?」
 ミカゲとハクレンが同時にオレの方へ振り向いた。
「なんでもない」
 肉と魚介で存分に腹を満たしたオレ達は風呂に入って離れに戻った。
「いいよな〜テイトは。こんないい別荘あって。風呂も温泉みたいだったし。夏の間、オレここにいてもいいか〜?」
「ミカゲ、調子乗るなよ!」
「ははは、オレは全然かまわないよ」
「テイト、ミカゲを甘やかすな! コイツはすぐ調子に乗るからな」
 寮でもそうだが今日はいつも以上にハクレンがミカゲの母親のようだ。
「僕もここで寝ていいの?」
 カペラがオレの浴衣の袖を引っ張った。
「ああ、一緒に寝よ」
「う…ん…」
「カペラ?」
「フラウ兄ちゃんは?」
「フラウはカストルさん達とまだ酒盛り中だよ」
 部屋に戻って飲みなおそうとか言ってたから、きっと母屋の方で朝まで飲み明かすのかもしれない。
「フラウ兄ちゃん、テイト兄ちゃん来るのすっごい楽しみにしてたんだよ」
 オレとフラウのぎこちないやり取りを感じ取ったのだろう。カペラが心配そうにオレの顔を覗き込む。
「フラウ兄ちゃんは最近お酒飲めるようになって、パパと毎日晩酌してるんだよ! ママも一緒に飲んだくれちゃってシラフで付き合う僕は大変なんだ! お酒もほどほどにしてね! って言っといたんだけど……。お兄ちゃんたちにしつこく絡んでごめんなさい」
 カペラはそう言うとミカゲとハクレンにペコリと頭を下げた。
「……ハハッ」
 カペラの言動にオレ達三人は腹を抱えて笑い転げた。てっきりオレとフラウを気にしているものだと思ったら、フラウたちの飲酒っぷりに腹を立てていたとは大笑いだ。しかも、まだ、6歳のカペラの口から飲んだくれや素面という言葉が出るとは!
「けどよ……」
 ミカゲがオレに話しかけた。
「テイトさぁ、兄貴と仲悪いのか? 親は連れ子同士の再婚って言ってたよな? やっぱり家族関係難しいのか?イテッ」
「ミカゲ! オマエはまた、そういう立ち入った事をずけずけと! テイト、すまない、聞かなかったことにしてくれ」
 ハクレンはミカゲの後頭部に容赦なく手刀を振り下ろすとオレを気遣った。
「ハハ。気にしなくていいよハクレン。フラウとは久しぶりに会ったからちょっと緊張して……兄弟なのに変だよな……」
 意識しないように気を付けているのに、やっぱり態度でわかるんだな。鈍感なヤツとばかり思っていたミカゲまでがオレを心配するとは、三ヶ月間、共に過ごしてきただけのことはある。なんて感心している場合じゃないか……明日からはもっと自然に接するように気をつけなければ。




 フラウが高校生になると学校が忙しいのか家にいる時間が少なくなった。顔を合わせるのは朝食の時ぐらいで、一緒にテレビを見たりゲームをすることも無くなった。ショックだったのはフラウが自室に鍵をかけるようになったことだった。
「もう、しょうがないわね! あの子ったら今頃思春期かしら?」と、お母さんはぼやいていたがそれほど心配をしている感じでもなかった。
「なんで、いつも帰りが遅いの?」とフラウに聞いても「バイトが忙しい」といつも同じ答えが返ってきた。
 だから、あの夏、この別荘で四六時中フラウと居られて嬉しかった……

 家族揃って別荘近くの浜辺で寛いでいると隣のおじいさんの家に遊びに来ていた少年に声をかけられた。お盆休みに帰省してたから子供の頃から知っているけど一緒に遊んだ記憶は多くない。
 肩に回された腕を鬱陶しく思いながらも母の作った弁当を勧めていると「テイト、オレにも何かくれ!」とフラウが声をかけてきた。気のせいかどことなくフラウの機嫌が悪い。
「テイト、あまりベタベタ触らせたりするな」
 食後に一緒に海で泳いでいるとフラウが唐突に言った。
「何?お兄ちゃん」
 何のことか解らず聞き返した。
「さっきみたいに馴れ馴れしく触られるのオマエ嫌なんだろ?」
「うん」
「それから、お兄ちゃんて呼ぶのもやめろ。これからは呼び捨てにすること」
「何で?」
「何でもだ」
「急には無理だよ、おにい…」
 お兄ちゃんと言おうとして慌てて止めた。
「次から言ったらビンタな!」
「ええー」
「じゃ、練習」
「フ、フラウ…?」
「良し!」
「何か変だよ…おに…フラウ」
「テイト、今の鬼フラウになったぞ」
「ハハハ」
 フラウが鬼の形相を作ってオレを笑わせた。さっきまで機嫌が悪かったがいつもの優しいフラウだ。
「フラウ、泳ぐの疲れた…」
 足の届かない場所でずっと立ち泳ぎだったオレは疲れてフラウにしがみ付いた。
「ったく、首に捕まれ」
「ん…」
「オレに甘えるのも今日限りだ!テイト」
「なんで?」
「オマエが少し男らしくならないと……」
「……?」
「男なんだから男らしくならないと女の子にモテないぞ」
「別にモテなくてもいいのに……」
 フラウが居れば……と後に続く言葉は飲み込んだ。また、フラウにいいかげん兄離れをしろとか言われそうだ。かわりにしがみ付いた腕に力を入れる。
「うげっ!テイト、首絞まるっ」
「あ、ごめん、お兄ちゃん!」
「あと、で、ビン、タな…」
 そして、岸に着くなりオレは左手の甲にビンタされ、フラウはお母さんにデコピンを喰らった。




 テイト! 起きろテイト!
 フラウ……?
「テイト! 朝だぞ〜! 海行くぞ! 海!」
「あ、おはよ、ミカゲ……」
「さっさと起きろ! この寝坊助が!」
 目を開けるといつも以上にテンションの高いミカゲが既に海パン姿で仁王立ちだった。
「よく言うよ! 寮じゃいつもミカゲが最後だろ!」
「わはは」
 ミカゲはオレが着替えるのを確認すると母屋の方に行ってしまった。
「まったくどこへいってもマイペースなヤツだな」
 ハクレンはそう言うと溜息を突いた。
「テイト、大丈夫か?」
「え?」
「ここに来てから、ちょっとオマエらしくないから。悩んでる事があるなら相談に乗るぞ」
「はは、やっぱり変か? オレ」
「ま、ミカゲが気にするぐらいだからな」
「は〜」
 大きな溜息が零れる。
 先に行ってる、急がなくていいぞ。そう言ってハクレンはオレの頭をポンと叩いた。
 そんなハクレンの優しさにさえちょっと泣きそうだ。



 実は兄貴に恋してるなんて、相談したくてもできないよ……







<<< Text TOP <<< Text menu <<< NEXT