夏の憂鬱(5)
「おい、テイト……何なんだこの高級食材は! バーベキューと言えば串刺しの肉と野菜がメインだろうが! ええい、この金持ちが〜!!!」
 テイトの友達のミカゲがそうは言いつつも嬉しそうにテイトの首をヘッドロックして喜んでいる。
 オレもここで初めてバーベキューをしたときに思ったよ。バーベキュー自体が初めてだったのだが…
 オレは竈から少し離れたテーブルに付き、ラブが注いでくれたビールを口に含むとテイトとその友達二人とカペラの様子を窺った。
「とりあえずアワビ焼こうぜ! ハクレン!」
「はいはい、落ち着けミカゲ。本当に食べていいのか? テイト?」
 優等生な感じの方は確かハクレンとか言ったか? 申し訳なさそうにテイトに確認している。
「いいよ。どんどん、焼こう! オレ腹減った。肉もあるよミカゲ」
「肉って、オマエ、それ、コース料理のメインディッシュに使うやつじゃねーか?」
「それにしてもバケツ一杯の魚介、すごいね。カペラ君」
 ハクレンがカペラの脇にしゃがむとバケツの中を覗き込んだ。
「うん」
 カペラが嬉しそうに微笑む。
「フラウ兄ちゃんとバケツ持って港歩いてたら、おじさん達が入れてくれた」
「え?」×3
 くっくっくっ。
 3人とも目が点になっている。テイトはすぐに項垂れたが……
「それって、漁師のおじさんから貰ったってことじゃないか?」
「うん。そう。フラウ兄ちゃんと買い物に行ったんだけど、おじさん達が持ってけ持ってけって…」
 すまん、テイト、オレもそれを宛てにしてカペラ連れて行ったんだ。
「楽しそうですね。フラウ」
 そう言うと隣に座ったカストルがビールを注いだ。
「ああ、まあな」
「なんか、嬉しいね〜。そういう、テイト君を愛おしく見つめるフラウがまた見れるなんて〜」
「ブッ!!! 何を言い出すんだラブ!」
「わぁ、汚いですねフラウ…」
「ええ〜、だって、向こうの世界でもテイト君のことそんな風に見てたよ」
 また始まった……
 ラブとカストルの向こうの世界の話が。オレは教会の司教とやらでテイトは司教見習いだったとか、一緒に旅して回ったとか……勘弁してくれ。
 大学で出会ったこの変人二人と何故か気が合いつるむようになったがこの手のオカルト話には付いていけない。確かに初対面からどこか懐かしいと感じはしたがオレには彼等が言う「向こうの世界」の記憶は一切無い。
「それにしても、どうしてこっちの世界では兄弟として出会ったんだろうね〜? これも神様の悪戯かな?」
 そう言うとラブラドールはグラスに入った緑の液体を飲み干した。ラブはいったい何を飲んでるんだ? 葉っぱの入ったその飲み物は何なんだ? そう聞きたいが同じ物を勧められそうで怖くて聞けないっ!
「おそらく、こっちの世界が平和な分、二人に対する試練なのかもしれませんね」
 なーにが試練だ。アホらしい。カストルもオレと同じくビールだが、何か悪いものを飲んでいるに違いないっ! オレは手にしたビールの銘柄を確認してカストルのグラスに注いだ。


 試練か……
 確かにテイトへの邪な感情にブレーキをかけているのは兄弟という壁かもしれない。
 初めて自覚したのはテイトが中学生になった夏、高校生活をエンジョイしていたオレだが一週間ぐらいは家族と居なさいと両親共に説教され、仕方なくこの別荘に滞在した時だ。


 その日、親父とお袋、3歳になったカペラも連れて家族総出でここの海に出かけた。
 親と一緒じゃ可愛い女の子に声もかけられねーと、オレは一人、離れたところで横になった。
 オレが家族の為にゴザを広げビーチパラソルを立てた場所が程よく見れる距離だが…
 パラソルの下でお袋がさっそく手製の弁当を広げた。
「フラウ〜、こっち来てアンタも食べなさいよ!」
 明らかにオレに向かって声をかけるが無視を決め込む。ちょっとは年頃の息子のことを考えろ! クソババー!
 テイトが淋しそうな目でオレの様子を窺っているのを背中に感じはしたがそれも無視する。オレはこの夏、必ず可愛い彼女をゲットすると決めたんだ! 高校生になってから男女問わず告白されたがどれも付き合う気になれなかった。夏なら心もときめいて素敵な恋に巡り合える! かもしれないと……
 オレは浜辺を歩く女の子の品定めを始めた。胸は合格! ヒップラインよーし! 顔は……
 この顔の造りがオレの中の基準を狭めている。というのもオレの好みの顔がテイトだからだ!
 テイトと初めて会ったあの瞬間以上の衝撃をオレは未だに求めている。
「はぁ〜」
 オレは溜息を付くと家族の方へと視線を向ける。
 カペラがお袋の握ったどう見てもカペラの顔ぐらいあるおにぎりに齧り付いている。
 温かい家族そのものの図にオレの顔も知らずに綻ぶ。
 お袋に家庭が出来たことがオレにとっては一番嬉しいことだ。オレ等を迎え入れてくれた親父にも感謝している。そして、オレの可愛いテイト……中学生になったのに今もクルクルと大きな瞳でオレを見つめる。
「はぁ〜」
 再び溜息が零れる。結局、テイト基準では一生彼女はできないっ! オレは決意も新たに彼女ゲットに闘志を燃やした。
 スッとオレの横を通りテイトのところへ一人の少年が近付いた。何やら親しげに話しをしている。アレは……隣のじいさんちの孫じゃねーか? 確か都内に住んでいて夏休みだけ遊びに来るとか言ってたな。テイトと同い年か一つ下だったはずだが、どう見てもオレと変わらない体格だ。
 楽しそうに会話をする傍ら少年はテイトの肩に腕を回した。テイトは一瞬、強張った表情をしたがさりげなく腕を解くとお袋の弁当を少年に勧めた。ぺこりとお辞儀をすると少年は自然に家族の和に加わった。

 おもしろくねぇ〜

 どうにも気分が悪い……オレの家族に入り込んだのも腹が立ったが、それより、何より、テイトに気安く触ったのが許せねぇ!
 オレはスクッと立ち上がるとテイトの傍へ近付いた。
「テイト、オレにも何かくれ!」
 オレの声にテイトは顔を上げると一瞬、驚いた表情をしたがすぐにオレの好物のお稲荷さんを取ってくれた。
「あ、フラウ、隣のおじいちゃんとこの……」
 そんな紹介はどうでもいい。
「よう!大きくなったな〜」
 オレはテイトと少年の間へ無理やり割って入った。
 悪いがコイツはオレのだ! と少年へ向ける目線で主張する。
「あ、オレ、あっちに友達、待たせてるんで、これで失礼しますっ」
 少年はそう言うと、とっととその場から離れていった。
 よしっ! オレは心の中でガッツポーズをした。
「フラウ?」
 不思議そうにテイトがオレの顔を見上げる。
 大きな瞳が一心にオレの視線を捕らえようと見つめている。
 しまった!
 オレは、今さっき、彼女をゲットすると誓ったんじゃなかったかっ!!!!


 結局、その夏、オレはテイトへの独占欲を再確認して終わった。



 あれから3年……さすがにテイトも成長したがオレは変わらずあの頃の思いを抱えている。
 ただひたすらテイトに悟られまいと細心の注意を払ってはいるが……
 それをコイツラは〜!!!
「フラウ、飲みが足りないようですね〜ささ、グイッと空けて!」
 カストルがビールを継ぎ足す。
「この海老、すごい美味しいよ〜」
 いつの間にかテーブルに並んだ食べ物にラブラドールが齧り付いている。
「フラウ、ほら、サザエの壷焼き」
 そう言うとテイトがオレの目の前に置いた。ほのかに立ち上る湯気と一緒に醤油の香りが鼻を刺激する。
 今すぐ食べたいが、まだ、熱そうだ。テイトがスッと串を差し出した。
「お、気が利くなテイト」
「とっとと食え!」
 オレは受け取るとサザエを突いた。
 いつからだろう? テイトがオレに対して素っ気無い態度を取り始めたのは?
 そんなことをぼんやりと考えながらサザエを飲み込むとビールを喉へと送り込んだ。






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