夏の憂鬱(4)
「何で家を出た? オレのせいか?」

 一瞬、心の中を見透かされたようでドキリとした。
 掴まれた腕はまだフラウの手の感触が残っている。
 そうだよ、全てフラウのせいだ! と言ってしまいたい。
 言ったら楽になるだろうか? 自分の中の感情を全て吐き出したら…



 母屋の庭先ではミカゲやハクレンが火を起こすのに奮闘していた。昔、父さんとフラウが造った竈だ。
 ラブラドールさんとカストルさんは既にテーブルセッティングを終え、二人の奮闘振りを楽しそうに眺めていた。
「お久しぶりです」
「テイトくん!」
 オレは二人の傍へ駆け寄り挨拶するや否やラブラドールさんに抱きしめられた。この人はいつもこうだ…
「久しぶり! 元気そうだね!」
「あの、オレの友達の…」
「ああ、もう挨拶したよ。ミカゲ君とハクレン君。また、二人に会えて嬉しいよ」
「はい?」
「ミカゲ君の顔を見たときは泣いてましたものねラブラドールは…」
 カストルさんはそう言うとニコニコと微笑んだ。
「だってしょうがないよ…嬉しくて。ミカゲ君が幸せそうで…」
 そう言うとラブラドールさんは涙ぐんだ。
「あのぅ。お二人はどこかでミカゲとハクレンに会ったことが?」
 フラウの大学の友達だという、カストルさんとラブラドールさんはちょっと…いや、かなり変わっている。
 前世がどうとか、別の世界がどうとか、物語で良くあるような話を現実で起っているように話しをする。
 オレと会った時の第一声が「また、会えて嬉しいよ!」だった。また、っていつだよ! と突っ込みたかったが実際、二人に初めて会った時、どこか懐かしい感じがしたからきっと子供の頃に出会っているのかもしれない。そういえば、ミカゲやハクレンと出合った時も同じように懐かしさと切なさが込み上げるような感覚に襲われたっけ。
「テイト! 肉焼くぞ! 肉!」
 竈の脇で団扇を手にしたミカゲがコイコイと手招きしている。
「なぁ、テイト、あの人達、ちょっと変わってるな。俺等、初対面でいきなりハグされたぞ!」
「ああ、やっぱり…オレもそうだった…」
 予想通り、ミカゲとハクレンもラブラドールさんの洗礼を受けたらしい。オレは苦笑すると「肉を取って来る」と縁側へ向かった。
 母屋の和室の縁側には今日の食材が所狭しと並べられていた。
 これ、全部、焼くつもりか? そりゃぁ食べ盛りの高校生だから多いにこしたことはないだろうが……
 食材を揃えたのはたぶんフラウと庭師兼運転手兼料理人のウメ(梅造)さんだ。父さんと母さん、それとオタケさんは父さんの休みが取れ次第こっちに向かうと電話で母さんが言っていた。
「テイト、お母さんが行くまで友達、引き止めてといて! カストル君とラブちゃんも!」と切り際に付け加えるのを忘れなかった。受話器越しにはしゃいだ様子の母さんの姿が目に浮かぶ。



「この辺からやっつけるか…」
 とりあえずステーキと伊勢海老を手にする。
 屋敷のすぐ下の漁港から仕入れたのだろう、新鮮魚介類が豊富に揃ってる。
「テイト兄ちゃん、裏のおばあちゃんがくれた〜」
 声をかけられ振り向くと金色に光るトウモロコシを手にしたカペラが自慢げに微笑んだ。
「良かったなカペラ、後でウメさんに茹でてもらおう!」
「うん!」
 嬉しそうに手にしたトウモロコシを籠に戻した。見ると籠には10本以上のトウモロコシが入っている。
 後で裏の家に挨拶に行かないと……
 どこに行っても人気者のカペラはここを訪れる度に顔馴染みが増え、既にこの辺一帯のアイドルだ。
 カペラは父さんがお母さんと再婚した年に誕生した。今、思えばあの急な結婚はお母さんのお腹に既にカペラがいたからだ。それにしてもカペラというネーミングはどうだろう? お母さんが強引に付けたというが、日本人には付けない名前だ。お母さんの中に少し外国の血が入っているおかげか名前に負けない日本人離れした容姿に育ったのはカペラには幸いなことだ。
 オレはカペラの頭を撫でた。
「どうかしたのテイト兄ちゃん?」
「なんでもないよカペラ」
 ちょっと昔を懐かしく思っただけだ。







「また、随分厚い本を持ってきたな、テイト」
 フラウがのそっとベッドから起き上がる。
 カペラが生まれ、家の中がカペラ中心に回りだしたそんな中、オレはフラウ中心で回っていた。フラウがやることなすことに興味を持ち後を追いかけた。そして、夜になると決まって本を手にフラウのベッドに潜り込んだ。
「これ、面白かったから…」
 そう言うとフラウの脇で本を広げる。
 フラウに読んで貰う為ではない、オレがフラウに読み聞かせる為だ。
「そんなん、その辺に置いとけば勝手に読むよ」
 フラウが大きな欠伸とともに呟く。
「そう言って、いつも読まないから…」
「はいはい、兄ちゃんが悪かった」
 ちゃんと聞いてるから…そう言いとフラウは目を閉じた。その5分後には静かに寝息を立てている。オレもいつの間に寝たのか朝起きると決まって本はベッドの横に転がりオレはフラウの腕の中に居た。窮屈だけど心地良くてお母さんに起こされるまでそのまま動かずにいたのを覚えている。
 いつの頃からかその習慣は無くなりオレが中学生になるとフラウとの会話も少なくなった。



 今更、あの腕が恋しいなんてどうかしてる……


 思い出と一緒に沸き起こった妙な感情を振り払おうと無理やり現実に戻った。
 ミカゲのところに持っていかないと…手にした食材に目を落とす。
「カペラ、そのトウモロコシも焼こうか!」
「うん!」
 カペラの顔に溢れんばかりの笑顔がこぼれた。
「お兄ちゃん、こっちも焼く?」
 そう言ってカペラが指差したもう一つの籠にナス、ピーマン、トマト、キュウリ……確か、焼くのは別のざるに切ってあったような?
「隣のおじいちゃんがくれた〜エヘへ」
 エヘへって、それも頂いたのか!? 笑顔振りまきすりだろっ! 
 後で自宅のお母さんに電話してお返しを用意してくるように言わないと……
「良かったなカペラ」
「うん!」
「ちゃんとお礼、言えた?」
「うん、ありがとうございますって言ったらアイスもくれた〜」
 どっちだ? 裏のおばあちゃんか? それとも隣のじいちゃんか? まあいい、明日、誰彼構わず行き会った人にはお礼を言っておこう。貰い物は他にもまだあるような気がする。






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