夏の憂鬱(2)
「久しぶりだなテイト」
 頭上から不機嫌な声が降ってきた。
「あ、フラウ。久しぶり」
 見上げると案の定、3ヶ月振りに会うフラウの顔があった。
「ああん? 久しぶり、じゃねー! この兄不幸者!」
「兄不幸って…ま、いいや。友達一緒だから、話は後で…ミカゲ、ハクレン、上がれよ」
 オレはフラウの横をすり抜けるとたたきに靴を脱ぎ捨てた。
「テイト兄ちゃん!」
「カペラ!」
 久しぶりに会う弟と熱い抱擁を交わす。会いたかったよカペラ。


 今年の4月から高校生になったオレは家族(特に弟のカペラ)の猛反対を押し切り実家を出て07学園高等部所有の寮に入った。
 団体生活なんて無縁のオレが上手くやっていけるだろうか? と心配していた寮生活は、オレの想像を裏切りすこぶる快適だった。
 というのも同室のミカゲとハクレンという掛け替えの無い親友に廻りあえたから…
 趣味も性格もまったく違う3人なのに何故か気が合う。まるで以前から友達のように3人の関係はそれほど自然なものだった。
 夏休み前日の夜、帰省の話で盛り上がっている二人に急に思い立ち声をかけた。
「ウチの別荘に遊びに来ないか?」
 急な誘いにも関わらずミカゲは「行く!」と即答だった。ハクレンは「急に押しかけたら迷惑じゃないか?これといって予定も無いし、テイトの家族がOKなら寄らせてもらうよ」 と遠慮しながらも好奇心たっぷりの目は行く気十分だった。
 こうして夏休み始めの2週間をこの別荘で過ごすことになった。


「クライン・グループ社長宅の別荘っていうからてっきり洋館をイメージしてたよ。オレ」
 そう言いながら離れの客間に通されたミカゲはデイバッグを下ろすとゴロンと畳に寝転がった。
「オレも!まさか純和風、庭園を眺められる平屋建築とは思わなかったな」
 ハクレンも和室の隅に荷物を置くと庭を眺めるように腰を降ろした。
「そんなイメージ違った?」
「違う!」×2
 声を揃えて言う二人に思わず噴出す。



 此処はオレの曽祖父かその前の祖父ちゃんか…の別荘で年代モノらしい。
 この家の価値についてはまったく解らないが子供の頃のオレはお化け屋敷のようで此処に来るのが嫌いだった。
 それがあの夏以来、夏休みはここで過ごすようになった。

 フラウがオレの兄貴になった夏。家族水入らずで過ごそうとこの別荘に来た。
「なんで家の中にテント張るんだ?」
 お父さんが蚊帳をセッティングするのをフラウは楽しそうに手伝った。
「テントじゃないよ。蚊帳って言うんだ。網目が細かいから虫が入ってこないんだよ。ほら、窓に網戸がないだろう?」
「あ、虫除けなんだ。コレ」
 当時のお父さんとフラウの会話が記憶の奥から甦る。
「なあ、オッサン、海、見てきてもいいか?」
「オトウサンだろ〜!いいけど、気をつけてな。テイトもお兄ちゃんと行っておいで」
「うん……」
 オレはフラウと手を繋いで海まで散歩した。
「お兄ちゃん、僕のお父さんと友達なの?」
「なんで?」
「なんとなくそう思った…」
「まぁ、友達みたいな親子ってのが理想だけどな…」
 そう言ってフラウがニカッと笑った。
「僕はお兄ちゃんの友達になれる?」
「友達みたいな兄弟か?なれんじゃねーの?」
 外人なのに日本人だと言った少年は太陽の光でキラキラと光る金色の髪を靡かせて笑った。
「お兄ちゃんの髪天使みたい…」
「ははは」
 フラウがいきなり笑い出した。
「天使ってオマエみたいなのを言うんだと思った」
 そう言うとオレの頭に手を乗せて髪を掻き混ぜた……
 海風でべとついた髪は掻き混ぜられたままの形を保ち、オレはボサボサ頭のまま帰った。
 帰ったオレはお父さんに大笑いされ、お母さんに「かわいい」を連呼された後、フラウと一緒にお風呂にほうり込まれた。


「テイト、おい、テイト!」
 そんな事もあったっけな……と、昔の記憶に浸っていたオレをミカゲが現実にひき戻した。
「さっきの人が例の兄貴か? ウチの学校の伝説の!」
「伝説?」
「たいした事じゃない、気にするなテイト。ミカゲも余計なことを言うな!」
 はしゃぐミカゲをハクレンが何時ものように窘める。
「伝説ってなんだよ?」
「100人だよ」
「???」
「あの容姿なら伝説もまんざらガセじゃなさそうだよな〜!なあ、ハクレン?」
「…どうしてもその話をしたいんだなミカゲ…」
「したい。したい」
 好奇心むき出しでニヤニヤ笑うミカゲに、はぁ〜と溜息を突くとハクレンが口を開いた。
「ウチの高校在学中に100人の女性とお付き合いしたという伝説を残したのがフラウ先輩だ」
「テイト、オマエは知ってるだろ?先輩の彼女!」
「見たことない…」
 高校生になったフラウはいつも帰りが遅くて会話らしい会話をした記憶がない。
「ああ、その伝説、まだ健在?」
 突然、離れの和室にフラウが顔を出した。
「あ、ええと…まだ、誰も破ってませんよ」
 そう言うとミカゲがニヤリと笑った。
「そうか、けど、それ全部ウソだぜ。でも、ここだけの話にしといて…あくまでオレは100人切りの伝説の男ということで…」
 そう言うとフラウはビシッと親指を立てる。
「了解です!」
 ミカゲも同じように親指を立てた。
「そろそろ飯にするぞ。今日は庭でバーベキューだ。お前等、火ぃ起こすの手伝って。今、カペラが野菜切ったり奮闘中だから…」
「あ、すみません。すぐ手伝います」
 ハクレンがすくっと立ち上がるとミカゲを促し部屋を出ていった。
 残ったオレにフラウが話かける。
「懐かしいな、この部屋…」
「うん」
「オマエ一人でトイレにも行けなくて…」
 そう言うとくくっと含み笑いを漏らす。
「……もう、忘れたよそんな昔の事」
「昔ってたった6年前のことじゃねぇか…」
 今度はオレを見ると淋しいそうに笑った。
 16歳のオレに取っちゃ6年前の10歳のオレは遥か昔…宇宙の彼方ぐらい遠いんだよフラウ…







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