※ビタースイート続編。テイト視点。





「あ、ここだ」
 茶色とピンクでコーディネイトされた店先で足を止めた。ショーウィンドウの中で宝石を飾るかのように並べられたチョコレートに溜息が出る。
「わぁ、きれい」
 カペラも感嘆して息を呑んだ。
 宿の仲居さんにチョコレートの専門店と聞いて来てみたが高級そうな店内は少々入りづらい、に加えフラウへのチョコレートを買いに来たのだが今握り締めているお金で足りる気がしない。
「カペラやっぱりやめようか?」
「うん」
 カペラも幼心に場違いだと感じたのだろう小さく頷いた。ショーウインドウから離れようとしたその時に店の扉が開いて「僕達、チョコレートの試食しない?」と店のお姉さんに声を掛けられた。「え?オレ達?」カペラと顔を見合わせたがおいでおいでという手の動きに釣られて扉の中に踏み入った。



 招き入れられるまま中に入ると店内にはチョコレートの香りが漂っていた。その甘い匂いだけで幸せな気持ちになる。カペラとオレは同時に大きく息を吸い込み顔を見合わせて笑った。綺麗だと思ったチョコレートが途端に美味しそうに変化する。
 オレ達を招き入れてくれたお姉さんは優しそうで感じがいい。せっかくだからフラウにあげるチョコレートを相談してみようか。ポケットの中のお金をギュッと握り締める。
「あの、プレゼント用のチョコレート探しているんです。あまり甘くないやつで。それから」
 そう言うとオレは握り締めていたお金をカウンターの上に広げた。
「お金、これしかなくて……」
 これっぽっちのお金で買えるチョコレートがはたしてあるのか? 無ければ諦めて他のプレゼントを考えよう。
「チョコレートはビターでいいのかしら?」
 そう言ってオレの思考を遮るとお姉さんは微笑んでカウンターの中のチョコレートを指差した。
「これなんてオススメよ!」
 ダークブランより黒に近いチョコレートが綺麗に等間隔に並べられている。
「男性のお客様に人気なの」
 そう言って再びニッコリと微笑む。
「あのお金は?」
「一粒ならお釣りが出るけど……一粒でもいい?」
 今度は申し訳なさそうに微笑んむ。
「あ、はいっ!」
 慌てて返事をするとお姉さんは「少し待ってて」と言って一粒のチョコレートを宝石を扱うように丁寧に箱に入れて蓋をかぶせた。
「リボンはこの色でいい?」
 黒い箱に細いブルーのリボンを合わせるとたちまち見栄え良く装飾された。たった一粒のチョコレートがお姉さんの手によってそれ以上の価値があるように、そう、オレの気持ちを小さい小箱に詰め込んだみたいに見える。
「ハイ、お待たせ」
 小さい手提げ袋に入れてオレに手渡すとお釣りを差し出した。
「あの、ありがとうございます」
「ふふ、それはコチラのセリフよ。お買い上げありがとうございました」
 お姉さんはペコリと頭をさげた。
「そうそう、新作の味見をしてってちょうだい!」
 あわててカウンターの上の籠に入ったチョコレートを差し出した。フラウ用に買ったものと同等クラスのチョコレート、こんなのをタダで食べていいのだろうか?
「自信作なの!」
 食べて!とお姉さんが差し出したチョコレートにカペラとオレは遠慮がちに手を伸ばした。
「美味しい」
「うぐ(うん)」
 あまりの美味しさに頬が緩む。できればもう一つ、いやいや店に並べられたチョコレート全種類を食べてみたい! カペラにももっと食べさせたいし、フラウにも一粒じゃなくてもっと沢山プレゼントしたい! それぐらい美味しい。
 親切にしてくれたお姉さんに試食のお礼を言って店を出ると、とぼとぼと宿への道をカペラと手を繋いで歩く。口の中のチョコレートが解け切るととたんに空しさが募った。フラウへのプレゼントが手に入ったのにどうにも気持ちが落ち着かない。
「カペラ、チョコレート美味しかったね」
「あい」
「もっと食べたい?」
 カペラは淋しそうな笑顔を見せると首を横に振った。こんな小さな子供に気を使わせていると思うと申し訳ない気持ちになる。オレがもっとしっかりしていたら、司教見習いじゃなくフラウみたいにちゃんとした司教で、コール祓いとかの仕事もこなしてお布施をいっぱい貰えたら、それを自由に使っていいのかわからないけど、それでもチョコレート3っつや4っつ、10個ぐらいは買えたにちがいない。






 フラウにだって一粒だけじゃなくて……もっと沢山のチョコをプレゼントしたかった。
 でも、結局、チョコは一粒しかなくて……


 たった一粒のチョコレートだったけどフラウは喜んでくれた……みたいだ。「形じゃなくて気持ちが嬉しいんだ」とフラウは言った。
 そういうものなのか……
 フラウにぎゅうっっっと抱きしめられてキスされて「そういうものなんだろうな」と納得する。
 唇が離れるとフラウが優しく微笑んだ。不覚にもその表情にドキっとしてしまう。
 ソファーに座るフラウと向かいあって膝の上に座ってる。両脇をしっかり掴まれてるから逃げることもこれ以外の体制をとることもできない。フラウにドキドキしてる自分を隠したいのに……しかたないからフラウの首に腕を回してそのまま胸に突っ伏した。
「キスだけで逝っちゃった?」
 フラウが耳元で囁いた。確かに達しやすいオレだがキスだけで逝くほどやすくはない。フラウの指が優しくオレの髪をすくと顎を捕らえて「ん?」とオレを覗き込む。フラウの顔はすでに優しいではなくやらしいだ。
「んなわけ、あるかっ」
 負けず嫌い?のオレはフラウの唇に噛み付くようにキスをした。すぐに離れようとのだがフラウの腕ががっしりと回って、結局捕まった。仕掛けたのはオレなのに最終的にはフラウの意のままにされている……ような気がする。気のせいかな?
「甘いだろ?」
 オレとのキスは甘いのだとフラウは言う。キスの味なんてわからない。ただ、オレのを咥えた後のキスはマズイというのはわかる。だからその行為だけは止めて欲しい……
 あ、そっか、それと比べると今のキスは甘いのかも知れない。そんなことをボンヤリ考えるのも行為が終盤で程よい疲労感から心地良い眠りにシフトしつつあるからだ。
「フラウ、もう、眠い」
 フラウの肩にかけていた手から力が抜ける。
 額にフラウの唇が触れたのとがっしりした腕に抱えられた感覚を最後にいつものように眠りに落ちた。
 落ちる瞬間耳元で囁かれる『おやすみ』に、オレはちゃんと『おやすみ』と返したのだろうか?



 翌朝目覚めるとオレとカペラの枕元にリボンのかかった箱が置かれていた。カペラと箱の中身を期待しながらリボンを解くと中にはチョコレートが敷き詰められていた。間違いなく昨日カペラと行った専門店のものだ! そしてこんな洒落たことをするのは……
「テイト兄ちゃん!」
 カペラの目がキラキラと輝いている。オレも大きく頷いた。フラウっ!オレはフラウのベッドの方へ目を向けるとそこはもぬけの空だった。
「フラウは?」
 きょろきょろと部屋の中を見回すと居間の方から紅茶のいい香りが漂ってきた。
「ガキども、目ぇ覚めたか? 紅茶が入ったぞー。それもってさっさと来い!」
 フラウのどこか楽しげな声にオレとカペラは互いの顔を見合わせてクスリと笑った。
「今行く!」
 ベッドから勢い良く飛び出るとチョコレートの入った箱をかかえて居間の扉を開いた。


「おはよう! フラウ!」
「フラウ兄ちゃん!」


ボンボニエール


end

※大人シーンを盛り込むのを忘れたっ、、、(゚口゚;→→→オマケ