※フラウ視点、兄弟設定。


「はぁ〜」
 大きな溜息を吐いて手の中のチョコレートを眺めた。
 テイトに渡そうと思って用意したのだが、寮まで車を走らせて渡すべきかで悩んでいる。高校はちょうど放課後になった頃だろう。
「うざがられそうだよな〜」
 『こんなとこまで、わざわざ来んな!』と仁王立ち姿のテイトが目に浮かぶ。「でも会いたいんだよ〜」とチョコを抱きしめてベッドの上をゴロゴロと転がりたいが見た目気持ち悪いだけなので止めておく。代わりに溜息をもう一つ。
「はぁ〜」
 気を紛らわせようと先日オアズケを喰らったテイトとのキスを思い浮かべる。あの時のキス寸前のテイトの表情はたまらなく艶っぽかった……なんて、気を紛らわすどころか昂る気持ちに拍車がかかった。たぶん会いに行ったらチョコを渡すだけじゃすまないだろう。テイトを掻っ攫ってホテルにチェックインしそうだ。ああ、それができたらどれほど幸せか……。再び深い溜息を零しそうになったところで「ブーブー。ブーブー」と携帯の着信バイブがサイドテーブルで振動した。
『クローゼットの右から2番目か3番目のジャケットのポケット』
 差出人はテイトだった。そしてナゾの1文。まさか……
 逸る気持ちを抑える気はさらさらない。ソファから転げ落ちる勢いでクローゼットへ向かうと扉を開ける。ジャケットのポケット!あった!
「マジかよ!」
 シックな包装は間違いなくチョコレートだろう。なんて嬉しいことしてくれるんだ。慌てて携帯を手にするとテイトにメールを送信した。
『今から行く』


ホワイトチョコレート


 嬉しさのあまり家を飛び出してしまったが、テイトは会ってくれるだろうか? ハンドルを握り冷静になって考える。門限までにはまだ時間はあるはずだ。
 車内に差し込む西日から視界を守るためにサングラスをかけた。運転している車は親父の黒塗り高級車。ではなくバイト代を貯めて買った年代物のポンコツMINI。『そんなデカイ図体してこんなちっちゃい車に乗んなよ!』と、回りからは好評だ。(いじり甲斐があるんだよ!ほっといてくれ!)そんなポンコツ車を走らせること数分。寮の前に到着した。自宅と寮は実に近い。自転車で通えなくもないのだがテイトは頑なに寮生活に固執している。寮の門より少し前の路肩に停めて、さっそくテイトに電話をと携帯を取り出すと、トントンと窓を叩かれた。
「テイト」
「車出して!」
 テイトは車に乗り込むとそう指示してシートベルトをした。
「オレが着いたのわかったか?」
「わかるもなにも目立ちすぎ! こんなボロ車にそんな悪人顔が乗ってたら目立つだろ!」
「悪人顔って……」(ひどい)
 テイトは真っ直ぐ前を向いたままムスッとしている。明らかに不機嫌そうだ。やばい、やはり来ちゃまずかっただろうか。
「テイト、その辺でお茶するか?」
 おそるおそる訊いてみると「海に行きたい」と小さい声で言った。
 海って、おいおい、赤信号で停車させるとテイトを見た。
「ドライブするのか? 門限に間に合わないぞ」
 行くのか?マジで?と、テイトの顔を見つめるとテイトの顔が見る見る赤くなった。
「……大丈夫だって。……が、外泊許可とってきたから」
 ぶっ。オマエ何考えてんだよ。嬉しいけど。まずいだろ、そりゃ。
「フラウ、信号、青!」
 オレは車を発進させた。海に向けて。



 『腹減った』
 テイトが呟くから海の見えるイタリアンレストランに入った。
 さっきまでの不機嫌さは嘘のように楽しそうにクルクルとパスタをフォークに絡ませている。
「フラウ、美味いよこれ!」
 食べているナポリタンで口の周りを真っ赤にしたテイトが笑顔で言った。
「こっちも美味いぞ。食うか?」
「食う!」
 テイトの食べているナポリタンとオレのオーダーしたポルチーニ茸のペペロンチーノを交換する。
「あ、こっちも美味い」
「そっか」
 どうやら機嫌は直ったらしい。ほっと胸を撫で下ろす。
「機嫌直ったか?」
「何言ってんの?最初から怒ってないだろ?」
「いや、怒ってただろ?車乗ったとき」
「あれは……回りが見てたから」
 ん?見てた?
「寮の連中が興味津々で見てたんだよ!フラウのことを。みんな『かっこいい』って」
「え?そうなの」
 かっこいい!なんて、嬉しいじゃないかって
「男子寮でか?そいつはちょっと複雑だな」
「車に乗ったらサングラスのフラウがホントにちょっとかっこよかったから……」
「照れてたのか」
「……」
 テイトは誤魔化すようにオレのペペロンチーノを頬張っている。
「それと、フラウがわざわざ来たりするから……会えないと思ったらからチョコを置いてきたのに、意味無いだろ?」
 それは逆効果だったな。テイトからのチョコがあったから我慢しきれずに来てしまったのだから。オレは苦笑いを零した。
「なあ、この後どうする?」
 テイトの反応が面白くて意地悪にも訊いてみる。
「……」
 テイトの顔はもはや真っ赤だ。あまりの可愛さに目の前のテーブルを乗り越えてテイトを抱きしめたい衝動に駆られるがなんとか理性で踏み止まる。さて、マジでこの後どうするか……


 最後のジェラートまで綺麗に平らげると店を後にした。しばらく海岸線を走ると今度は『砂浜の上を歩きたい』と言いだした。海沿いの駐車場に車を停めて車外に出ると想像以上に外気が冷たい。
「なあ、こりゃ風邪ひくぞ」
「はは、オレもちょっと無理!って思った」
「だよな」
 車内に戻り車窓から夜の海を眺める。外は真っ暗で、そこに海があるのかもわからない。月でもあれば水面に光が反射して海らしく見えるのだろうが、生憎、月は出ていない。
 そんななんてことのない景色をボーっと眺めていてもしかたない。それより車内もかなり冷え込んできた。それもそのはず、この車、通気性はいいが気密性はまったくない。従って至る所から冷気が入ってきてかなり冷える。それはエンジンをかけたところで変わらない。なぜなら、エアコン非装備だからだ。
「中もそんなに暖かくねーな」
「エアコン付けろよ!」(取り付けろという意味の)
「次のバイト代入ったらな。最優先事項にしとく」
「ったく、寒過ぎ!」
「オマエが海見たいって言ったんだろうがっ」
「そりゃ、言ったけどさ」
 テイトが口ごもる。ああ、そうか……別に海が見たかったわけじゃなくて
「テイト、ちょっと……」
「何?」
 おいでおいでと手招きした。ベンチシートではないが肩を寄せ合うことぐらいはできる。少しだけ近付いたテイトの肩を抱き寄せた。
「オイ!」
「少しだけ、な」
 最初は躊躇ってオレの腕を解こうとするが優しく頭を撫でてやると大人しくなった。大人しくなったところでテイトの顎を取って上を向かせる。
「何?」
 照れて赤くなったテイトがたまらなく可愛い。顔を近づけるとテイトも目を閉じた。互いの唇を合わせるだけのキス。そして
「テイト、口開けろ」
「やだよ」
 唇をギュッと固く結んだ顔も可愛くて、笑いを堪えながら舌で強引に唇をこじ開ける。
「フラウ、やだって」
 抵抗して僅かに開いた隙間から舌を進入させると口内をかき回した。
「んん……」
 テイトとのキスは数える程度だがそのどれもが唇を合わせるだけの可愛いものだった。そろそろこのぐらいは許してくれるだろう。
「もう! なにすんだよっ!」
 許してくれなかった……テイトは唇が離れると悪態をつき、手の甲で唇を拭った。
「ずるいぞ、フラウ」
 涙目で睨みつけられた。
「何が?」
「な、なんとなく」
「なんとなくって……オマエな……」
「こんなキスされたら……」
「されたら?」
「…………」
 テイトの様子がおかしい。照れているのとは違って動作がぎこちない。まさか
「立ったのか?」
「う、煩い」
 真っ赤になって俯いた。あれぐらいのキスでなんとも可愛い反応。
「そうか……やっぱりテイトも男の子なんだな」
 子供の頃から見ているせいかテイトの成長をわかっていても実感は無かった。ましてや男としての大事な機能のことなんて考えもしなかった。
「やっぱり……男は無理なんだろ?フラウ」
 俯いたままテイトがポツリと呟いた。
「ま、無理だろうな。男は」
「なら……無理にオレと付き合わなくてもいいから……」
 はぁ〜。やっぱりそういう発想になる訳ね。
「男は無理だが、オマエは別だ。それより男とか女とか、オマエ以外はありえないから」
 それはもう散々実践して立証済みだ。
「そんなこと言って……」
「そう言うオマエはどうなんだ?これから大学に行って可愛い女の子が目の前に現れたら気持ち傾くんじゃ」(ねーの)と言おうとしたら遮られた。
「あるわけないっ!最初にフラウと会った時からフラウしか見てない!」
 そう言ってテイトは顔を上げると「もう、ずっとフラウのことが好きなのに」と声を絞り出すように呟いた。瞳には今にも零れそうなほど涙を溜めている。
「オレも同じだよ。オマエしか見えてない」
 泣きそうなテイトを引き寄せると優しく抱きしめた。涙目のテイトの顔にキスをすると車のエンジンをかけた。
「テイト、外泊許可取ってきたて言ってたよな?」
「うん……?」
「ここはもう寒い!ホテル行くぞ!」
「え?」
 オレはニヤリと笑うと「そのつもりで来たんだろ?」と意地悪に囁いた。オレの言葉に「そんなつもりじゃね〜」と騒ぎ出したテイトを制してバックシートに置いてあったチョコレートの包みを渡した。
「何?」
「バレンタインのチョコだろ?」
 二人きりの時間に舞い上がってすっかり忘れていたが本来の目的はチョコを渡すことだった。テイトがリボンと解き丁寧に包みを開けると真っ白な生チョコがお目見えした。その白さは暗い車内でもはっきりとわかる。
「あ、ホワイトチョコ?」
「そ」
「ありがとう、フラウ」
 テイトはチョコレートを大事そうに持ったまま嬉しそうに微笑んだ。その笑顔にハンドルを放して抱きしめたくなる。
「なんでホワイトチョコなんだ?」
 テイトの素朴な疑問に少々戸惑う。それは……
「まあ、なんとなく」
「ふーん」
 本当は純真無垢なテイトのイメージで決めたのだが、それを口で伝えるのは照れくさい。
 テイトから貰ったチョコレートはビターだった。オレのチョコレートの法則?によるとオレは既に真っ黒ということになる。真っ黒のオレと真っ白なテイトが融合して程よいチョコレートの色になる。チョコレートの製造工程は知らないがそうやってスイートチョコレートができるところをイメージした。
「来年はスイートチョコだな」
「なんで?」
「なんとなく」
 オレは苦笑いを浮かべると「ホテルに着くまで、それ食っとけ」と呟いた。







end

※す、すみません。終わりです……じゃないです
一線の狭間で思うこと