※兄弟パラレルシリーズ……テイト視点で


一線の狭間で思うこと

「どうせならあのホテルに泊まりたかった」
 ホテルの窓から見える背の高い煌びやかな建物を見上げると溜息混じりに呟いた。結局、都内に戻って手頃なホテルにチェックインした。ここも悪くは無いがなんとも味気ない感じのビジネスホテルで、そりゃあ、三軒隣の怪しげなホテルよりはマシだけど。
「(バイトの)給料日前なんだからしょうがないだろ」
 フラウは部屋の中を確認しおわるとドサッとオレの横に仰向けに寝転がった。
「オレのカード使えばいいじゃん」
「オマエのじゃないだろソレ」
「そうだけど、オレのお小遣いにくれたんだからオレのだろ?」
 必要な時に使いなさいと父親から渡されたアメックスをフラウ使いたがらなかった。利用目的が目的なだけに負い目もあるだろうけど、基本的にフラウは金銭面の援助を避けている。
「テイト、場所なんか関係ないだろ?」
 オレを見上げるフラウの目が意地悪げに細められると慌てて視線を逸らした。
「関係ないけど……」
 オレだってそれなりの覚悟はできている。中途半端な関係をもどかしいとさえ思った。でも、いざとなるとやっぱり尻込みしてしまうのは仕方の無いことだろう。
「やっぱりするのかよ?」
「そのつもりで来たんだろうが、外泊許可まで申請して」
 そ、そうだけど……ちらりとフラウを盗み見る。「オレは別にしてもしなくても」とブツブツ呟きながらTVのリモコンをいじっている。これ見よがしな大人の余裕ってヤツが憎らしい。そっちがそれならオレだって……
「じゃ、止めとく」
「ぐだぐだ言ってねーで」
「わぁっ」
 グイッと腕を掴まれてベッドに転がされると心拍数が信じられないぐらい上昇した。心臓麻痺起こして死んだらどうすんだよっ
「……大人しくオレのものになれ」
 覆いかぶさるフラウがオレの耳元で低く囁いた。その声だけでズンと腹の奥底が痺れるようにじわりと疼く。
「さ、先にお風呂っ」
 そう言うとフラウの下から這い出て浴室へと逃げ込んだ。やっぱり緊張してフラウの顔がまともに見れない。
 扉の向こうで「一緒に入るか?」と笑い声交じりのセリフに「いらない!」と怒鳴り返した。
 やばい。やばい。やばい。もう後には戻れない! いや、今ならまだ間に合う! 気持ちが交錯して心がパニックを起こす。
 兄弟だし、男同士だし……そんなことは散々悩んでとっくに整理がついてるはずなのに不安と共にむくむくと沸き起こる。
 カチャ
「入るぞ〜」
 浴室の扉が開くとフラウが入ってきた。
「なっ!は、入ってくんなっ」
 慌てて扉の外に追いやろうとするオレの腕を捕んでフラウは強引に押し入って来る。
「入ってくんなって言ってるのに」
「オマエを一人にするとろくな事考えねぇからな」
 腕を一纏めに掴まれると強引に唇を奪われた。
「んん……」
「どうせ、また、ウジウジ考えこんでただろ?」
 唇を離したフラウがオレの顔を覗き込む。ああ、考えてたさ、悪いか! だって、悩むだろ? 男同士だし、ましてや兄弟で……悩まないのがおかしい。土壇場で怖気づいたっていいじゃねぇかよっ!
「オマエはただ流されとけ、何も考えるな」
「そんなこと言ったって」
 再び唇が重ねられた。
「ん」
 酸素を求めて僅かに開いた唇の隙間からフラウの舌が進入してくる。フラウからの深いキスに体の力が抜けて、立っているのが辛くなった。ギュッとフラウの腕にしがみ付くと「嫌か?」と耳元で囁かれた。嫌じゃない、ちっとも……ドキドキして、自分を見失いそうで……
「嫌か?」
 フラウがもう一度、耳元で囁いた。
 不安だけど、怖いけど、これ以上フラウを拒むことはできない。オレがここで拒んだらフラウはまたオレと距離を置いてしまうかもしれない。その方がよっぽど辛い。
 オレはフラウにしがみ付いた手に力を入れた。
「いや……じゃない」



 ベッドに寝転がって窓の外の景色をボンヤリと眺める。明け方近くの空はまだ深い濃紺で、向かいに見える背の高い建物の赤い光がチカ、チカ、と点灯してるのがやけに目立つ。この部屋で最初に見た景色とやけに印象が違う。今はただのビルの一つにしか見えない。フラウが言った「場所なんか関係ないだろ」の言葉を思い出し、笑いが零れた。それでも「次は向こうがいい」って言ったらフラウは叶えてくれるだろうか? 静かな朝、フラウの寝息が聞こえるだけ。もぞもぞとフラウの腕の中で寝返りを打つ。日が昇るまでもう少しこのままで……


「起きろ、テイト」
 フラウに揺さぶられて目が覚めた。まだ覚めきらないオレにフラウがチュッとキスをすると昨夜の事が走馬灯のように巡り羞恥で気を失いそうになった。
「学校あるんだろ?」
 そうだった、外泊許可は取ったものの欠席届けは出していない。それにしても全身ダルイ……そして眠い……ってか、フラウととうとう一線越えちゃったよ! どうすんだよこれから! チラッとフラウを見えると鼻歌交じりに身支度を整えている。
「はぁ〜」
「なんだよ、その恨めしそうな目は」
 思いのほか大きな溜息が零れ、フラウが呆れた顔でオレを見た。
「ダルイんだよ」
 誰のせいで……と言う言葉は飲み込む。
「悪かったな」
 さして悪いとも思っていない態度。
「どうすんだよこれから?」
 これから学校に行くとかそういうことではなくて、両親のこととかカペラのこととか、つまりオレとフラウの関係のことだ。
「別に、何も変わらねぇよ。」
「変わらねぇって……」
 オレはしっかり変った気がするよ。親にだって一層後ろめたい気持ちでいっぱいだし、カペラの目をちゃんと見れそうにない。それでもフラウとの事は後悔したくないし……
「変わらないさ」
 オレの複雑な気持ちを察してかフラウの掌が優しく頭を撫でる。
「例えオレ達のことを知ったとしても親子の縁を切るような親じゃねぇし、カペラなら率先してオレ達を応援してくれるさ」
 そうだろ? そう言ってフラウの唇が降りてくる。
 うん。きっとそうだ。カペラの満面の笑みを思い浮かべる。父さんと母さんもオレを突き放したりしないだろう。それでも、やっぱり後ろめたい気持ちが残る。
 チュッ。
 降りてきたフラウの唇を受け入れる。例え親子の縁が切られてもカペラにそっぽを向かれてもオレはフラウの手を離せないだろう。何よりもフラウを選んでしまうだろう自分が後ろめたいのかもしれない。
「途中で朝飯食ってくか?」
 フラウがいつまでもベッドにへばりついて離れないオレを抱き起こす。
「んじゃ、ステーキ!」
「朝からそんな重いもの……ってか、オレ金ねぇんだ」
 ブツブツと言い続けるフラウの唇を今度はオレが塞ぐ。
「!!!」
 固まったフラウが可笑しくて、もう一度キスをすると一気に深まった。
「んんん、も、バカ、やめ」
「大人をからかうなよ」
 唇を離したフラウが困ったような顔をした。湧き上がる衝動を押さえ込もうとする表情にオレの方が赤くなる。「うん」小さく反省するように頷いた。
「朝飯、ステーキじゃなくてハンバーガーでもいいや」
 罪滅ぼしに朝食のメニューをランクを下げてリクエストすると「それは助かるな」とフラウもニヤリと笑った。その顔に見惚れて頬が紅潮する。
 赤くなったオレは慌てて顔そ背けるといそいそと身支度を始めた。
 変わらないといえば、オレの赤面症もずっとこのままなのかもな……





END




※おわた。いろいろと反省。