※フラウ視点。※同級生篇。



真夏日2

 太陽が照りつける中、なるべく日陰を歩いてやっと駅にたどり着いた。といっても、10分と歩いてはいないのだが、この熱気の中での10分は、サウナの中に10分居るのと同じだ。暑さから逃れるようにホームに滑り込んできた電車にテイトと一緒に駆け込んだ。
「涼しい〜」
 Tシャツの胸元をパタパタと揺らして風を送っているテイトは気持ち良さそうに目を細めた。そんなテイトの仕草に見惚れていたオレは我に返って慌てて目を逸らした。こんなところで盛ってどうする……。何事も無かった風を装い車内に目を向けると乗客は疎らだ。
「すいてるな。テイトこっち」
 あいている席へ腰を降ろした。
 平日のお昼前。都心へ向かう各駅停車の乗車率はこんなものなのか? と、正直驚いた。上りは常に満員だとばかり思っていたから、程よく冷えた車内はこのままどこまでも乗っていたい気分にさせた。
「なぁ、テイト」
「ん?」
「山手線に乗り換えて2周ぐらいするか?」
「なんで!?」
「電車ん中、涼しいじゃん」
「はぁ〜! そんな理由! 勝手にしてろよ。オレは海パン買いに行くから」
 名案だと思ったのだが、テイトは呆れて溜息を突いた。
 外に出ればまたあの暑さが待っている。それに比べて電車の中はどれほど快適か! いや待てよ。だったら図書館とか冷房の効いた場所に行けばいいのか? あ! 元を正せば今日はプールに行く予定だったのだ。それをオレは……。自業自得。そんな四文字熟語あったよね。等と思考を巡らせてる間に目的の駅に到着してしまった。
 車内は空いていたがホームには人が溢れていた。これではきっと山手線も混んでいるに違いない。せめて一周だけでもとテイトを強引に乗せようとしたオレだが、この人混みを見て諦めが付いた。それよりこのホームの混雑振りは異常だ……
「テイト!」
 人の流れで逸れそうになったテイトの腕を慌てて掴む。
「サンキュ」
 テイトが困ったような苦笑いを浮かべた。少し顔色が悪い。
「どうした?」
 いったい、どこから沸いたのか?と言いたくなる程の人、人、人。テイトは人酔いしたのか、オレのシャツの裾を握り締めている。
「大丈夫か?」
 テイトの顔を覗き込むとコクンと力無く頷いた。


 自販機で冷えたジュースを買って喉に一気に流し込む。テイトも一気に飲み干すと手の甲で口を拭った。
「はぁ〜! 生き返る。マジでちょっとやばかった!」
「だろ? オマエ顔、青かったぜ」
 テイトが生気を取り戻した顔で笑うから釣られてオレも笑った。
 今年の猛暑に加え、都心の人の多さは、寮生活でのほほんと過ごしているオレ達には刺激が強過ぎる。ここはさっさと用事を済ませて撤退するに限るな……
「さてと……行くか?」
「うん」
 あまり駅から離れたくはないが、駅付近の店はどこも混んでいるだろう。ここから15分程歩いた所に確かスポーツショップがあったと思ったが……。何度か行った事のある店の記憶を手繰り寄せる。
 駅南口から左に折れて真っ直ぐ進む。確かこの辺に……あった。雑居ビル内にあるその店は予想通り、それ程客は居なかった。
 今年は節電意識が高い。どこへ行っても暗い印象だが然程不便は感じ無かった。この店も類に漏れず店内の照明を落としてはいるが逆に演出効果となって商品が際立って見える。そんな事より室内の空調が効いてるのがありがたかった。
「フラウ、海パン、そんなに高くないや。これなら自分で買えるよ」
 どうやら予算内の商品がある程度揃っているらしい。しかし、男に二言は無いがオレの信条だ。
「だめだ、オレのせいだからオレが買う」
「いいよ、もう、それは……」
 暗い照明でテイトの顔色は窺えないが、もしかしたら、午前中の事を思い出してうっすらと頬を赤く染めているのかもしれない。
「テイト」
「何?」
「キスマークがちゃんと隠れるのにしろよ」
 テイトの耳元でそっと囁く。おそらく顔どころか首まで赤くしているに違いない。テイトは慌てて耳を押さえると目を吊り上げた。
「フラウ! もう、煩い、あっち行ってろ!」
 テイトに背中を押され、水着売り場から押し出された。しかた無いサッカーユニフォームのレプリカでもチェックすることにしよう。
 テイトから少し離れたところでユニフォームを眺める傍らテイトを観察する。真剣に選ぶテイトを目視して頬が緩む。デザインは気に入ったのにサイズが無いといったところだろうか? テイトは商品を元に戻すと溜息を突いた。と、そこへ長身、黒髪、色眼鏡の店員が近付いて、にこやかに話しかけた。テイトと店員が二言三言と会話を交わす光景を眺める。少し、いや、かなり、胃の辺りがむかむかする。ただの店員と客の会話だ、どこでだって目にする有りがちな光景。しかし、テイトの傍らにオレ意外の男(しかもそれなりに見栄えもする)が立つのはやはり腹立たしい。男は店員としての対応をしてるだけだ。誰もがテイトを狙っているとは、オレの思い込みに過ぎない。そう、自分に言い聞かせ、冷静を保とうとしているオレの目にテイトの肩にそっと手を置く男の姿が飛び込んだ。あの野郎……
「テイト、決まったか?」
 テイトの元に駆け寄るとギロリと店員を睨みつけた。
『コイツはオレのだ、その手をさっさと退かせ!』
 大抵の輩はオレの睨みで退散するが、男は臆するどころかニヤリと笑みを浮かべた。
「あ、フラウ。ちょっと試着してくる」
 そんなオレと店員の声無き戦いに我関せずのテイトは海パン2つを手に取るとフィッティングルームに入っていった。
「彼、可愛いね。君の弟クン?」
 男は相変わらずにやけた面だが、肝心の眼は濃いサングラスで読み取る事ができない。
「弟じゃねぇよ」
「違うんだ。もしかして恋人とか? 最近、そういうカップル、よく店に来るんだよね」
 何が言いたいんだ? 再度男を睨みつけると「冗談ですよ」と、男はニヤリと口角を上げたまま呟いた。



「フラウ、何怒ってんだよ」
 テイトがオレの後ろをひょこひょこ付いて歩いている。オレは歩調を緩めず駅へ向かって歩いた。別にテイトに腹を立ててるわけじゃない。むしろ自分に腹が立つ。余裕が無い自分に。あんなのは店員の冷やかしだ、軽く受け流せば良いものをオレときたら、一々目くじら立てて、睨み効かして。
「かっこわる……」
 立ち止まって溜息を付いたオレのシャツの裾をテイトが引っ張った。
「どうしたんだよ。フラウ……」
 テイトがオレの顔を不思議そうな目で見つめている。
「家に帰る」
「どっかでお茶するとか言ってたじゃん。ってか、オレ達昼もまだ食ってないじゃん」
 テイトの一言でお昼はファーストフードを食べようと言ってたのを思い出した。少し拗ねた表情のテイト……尖らせた唇に思わずキスをしたくなる。今更ながら出かけたのを後悔した。外は暑いし、店員に嫉妬するし、何より自由にテイトにキスができない! できればテイトを家に閉じ込めて誰の目にも止まらないよう閉じ込めてしまいたい。
「わりー、テイト。帰りにコンビニ寄って適当なモン買って」
「何だよ、それー。フラウ、具合悪いのか?」
 具合が悪いというか心が痛いというか、自己嫌悪に浸りすぎて可愛い恋人への気遣いもできない、そんな自分にさらに凹むというループ。
「ごめんテイト」
「え? え? え〜〜〜!!! やっぱ、フラウ変だ。おかしい! 早く帰ろ!」
 突然テイトがオレの手を取り颯爽と歩き出した。歩きながら「暑さでやられたのかな?」と呟いた。
「テイト、手……」
「なんだよ? 手ぇ繋いだら変か? 人多いし、はぐれるよかマシだろ? 駅まで我慢しろよ!」
 テイトはキッパリと言い切ると真っ直ぐ駅を目指して歩きだした。オレよりずっと男らしい。本気でオレが具合が悪いと思っているのか「こんなとこで、倒れるなよフラウ! 家までは自分の足で歩いてくれよな!」とオレを励ますと繋いだ手を硬く握り締めてきた。実のところ体調はすこぶる良いのだが、繋いだ手を離したくなくて、オレはそのまま具合が悪そうな振りを続けた。おかげで鬱々とした気持ちはどこかへ行ってしまった。

 駅前の人混みは互いを無視し、我関せず。男同士が仲良く手を繋いでようが気にも留めないし留めようともしない。夏の太陽はいつまでも頭上で、暑さはおそらく今がピークだろう。繋いだ手は次第に汗ばみ、額にも汗が滲んだ。ふと、テイトが振り向きニカッと笑った。
「何?」
「べーつーにー」
 ふふんと笑うと前に向き直った。何? 何? 何?
「手ぇ繋いでても意外と平気な」
 テイトも多少は人目を気にしてたのか。
「キスしても誰も気にしないぞ、してみるか?」
 慌ててオレを振り返ったテイトにニヤリと笑う。
「しないよ! ってか、フラウ、元気じゃん!」
 そう言ってテイトはオレを睨み付けたが繋いだ手は離さない。
「テイトが手を繋いでくれたから元気でた」
 テイトの手を引き寄せて小声で囁く。
「心配したんだからな」
 テイトは俯いて呟くように言うと手をギュッと握ってきた。掌が互いの体温で熱い。
「フラウ、手、もういい?」
「あ、ああ」
「すっげー汗掻いた!」
 テイトは手を離すとオレのシャツで手を拭った。
「あ、オマエ、オレのシャツで手を拭くなよ!」
 したり顔のテイトに頬が緩む。

 駅の改札はもう目の前。



NEXT ※R18


※ふふふ、フラテイで手を繋いでたら誰もが絶対見るだろう! との総ツッコミ、聞こえております。聞こえておりますとも〜(爆)