猛犬注意!「オスワリ!」


 久しぶりに一人でゆっくり湯船に浸かろうとバスタブにお湯を張っているとカペラが乱入してきた。
 カペラはフラウの腕の中で気持ち良さそうに眠っていたのだがどうやら目が覚めてしまったらしい。
 清々しい笑顔で「僕もお風呂、入る!」と浴室に飛び込んできた。その後を追うように疲れた顔のフラウがのっそりと入ってきた。
「結局、起きた」
 ぼそりと言うと、はぁ〜と溜息を突く。
 どうやら自分の計画(邪な)が思い通りに進まず大分ストレスを感じているみたいだ。いつも余裕なヤツが手を拱いている様を見るのは悪くない。意地悪な思考とそこまで追い込んでいる原因が自分であるという優越感とが入り混じって内心、実は楽しんでいたりする。
「フラウ・・・!」
 フラウは向こうで休んでいればと言おうとしたオレの言葉を遮ってさっさと服を脱ぎ捨てると湯船に一番に飛び込んだ。
「オイ!オレがお湯張ったんだぞ!なのにこのオレを差し置いて、貴様!」
「少しお湯がぬるいな」
「ぬるいなじゃね〜!」
「ちょうどいいよ、テイトにいちゃん!」って、カペラまで!
 一人でゆっくり入るつもりが結局3人で入ることになってしまった。
 オレの入浴タイムが・・・・
「別にいいじゃね〜か。一人で入ろうと3人で入ろうと風呂は風呂だ」
 それはそうだけどさ・・・・たまには一人でゆっくり過ごす時間も必要だろ?
「そんなことより見ろよ」
 フラウが神妙な面持ちでオレを見つめる。
「どうした?フラウ」
 オレはフラウが指差す方へと目を向け・・・・・をぃ!何を見せるんだよ!
「オレの息子はすっかり大人しくなっちまった。さっきまであんなに元気だったのによ」
「し、知るか!そんなんもの!一々見せるな!」
 オレが睨みつけるとフラウは視線を外すことなく見返してきた。負けるものか!と、さらにキツク睨み付けるが逆にフラウの瞳に魅入ってしまう・・・。いつもそうだ、その眼は卑怯だぞフラウ!
「テイト、このままキスしてもいいがカペラが見てるぞ」
 フラウの言葉に我に返りフラウを引き離す。
 あ、あぶない、いつもの調子で思わず、うっかり、フラウに身を預けそうになった!
「テイトにいちゃん、かおがあかい」
 カペラがニコニコと笑顔を向けた。
「カペラ、今のはフラウの目の中に入った睫毛を取ろうとだな・・・」
「あい?」
 何やってんだオレ!オレが主導権を握ったと思ったのにいつのまにかフラウのペースだ。
 今日は絶対に取り込まれないぞ!と新たに心の中で拳を振り上げ誓いを立てた!
「カペラ、頭洗うから目瞑って」
「あい!」
 そう言うとカペラはギュッと目を閉じた。
 最初の頃は嫌がっていたお風呂も今では自分から進んで入るようになった。
「頭洗うのも大騒ぎだったのにな・・・」
 少し前の事だけど随分前の事の様に感じる。そんなことも可笑しくてオレはカペラの頭を洗いながら呟きと笑いを漏らした。
「なあ、テイト、オレの頭も洗って」
 そう言うとフラウも頭を差し出した。
「フラウは自分で洗えるだろ!」
「あらえるだろ!」
 カペラがオレに習ってフラウに言った。今も伝言ゲームはカペラの中でブームらしい。そんな子供らしいところが可愛くてしかたないのだが。
「わぁ〜!」
「危ないカペラ!」
 カペラが足を滑らして転びそうになったところを慌てて抱きしめた。
「ふ〜危機一髪」
「びっくりした」
 カペラはしっかりとオレの首に両腕を巻きつけ立っていた。
「良かった、転ばなくて」
「あい」
 カペラはよっぽどびっくりしたのか抱きついたままオレから離れようとしない。
「カペラ?大丈夫?」
「あい」
「カペラ」
 フラウが優しく声をかける。やっぱりフラウもカペラのこととなると・・・
「オレと代わってくれ」
 って、そっちかよ!しかもカペラに何言ってんだ!
「・・・・・はぁ〜」
 カペラは溜息を付くとフラウに冷めた一瞥を送った。
「な、なんだその情けないオヤジを見るような同情的な視線は!」
 カペラはオレから離れるとフラウからオレを守るように間に立った。
「フラウにいちゃんのあたまはボクがあらったげるよ」
 そう言うといつものカペラスマイルを浮かべた。
「あ、あのなカペラ・・・・」
「フラウにいちゃんはてがかかるってテイトにいちゃん言ってた。ボク、テイトにいちゃんのお手伝いするぅ」
 どうやら、カペラにはフラウが一人で頭も洗えないどーしよーもない大人に見えたようだ。
「・・・・・テイト・・・」
 フラウは押し殺した声で呟くと大人しく自分の頭を差し出した。その姿は飼い主に従う忠実な番犬のようだ。
 結局のところオレもフラウもカペラには敵わない。カペラ中心、カペラがこの世の王子様だ。
「カペラ!オレも洗って!」
 オレはカペラに頭を出した。カペラはちょっと驚いた顔をしたがクスクスとはにかむように笑うと「あい」と満面の笑みを浮かべた。
「なんだ?オマエまで・・・」
「ほっとけ!」
「あい、二人とも目をつむって!」



 こうして賑やかに3人でお風呂に入れるのはどのくらいだろう?



Fin