キスとトリュフ

「で、これは何だ?」
 フラウは目の前に置かれた黒い物体を眺めた。
 皿の上にちょこんと置かれた二つの物体。一つはどこから見ても綺麗な丸い形をしていて、もう一つは丸くはないがそれなりに芸術的な形状をしている。フラウが入念にチェックするように見ているのは芸術的な方だ。
「チョコ意外に見えるか?」
「いや、チョコに見えるが…オマエが作ったのか?卵焼きもろくに作れないオマエが?」
「ああ、悪いな卵焼きも作れなくて。昨日のお返しにカペラと一緒に作ったんだ」
「あい!」
 カペラが期待に満ちた表情でフラウの顔を見つめている。
 余っていたチョコレートとフラウのブランデーを拝借してザイフォンで融合させた代物だ。
「当然、こっちがカペラだろ?」
 フラウは綺麗な丸いチョコを指差した。
「あい!」
 カペラが自信たっぷりに返事をした!
「で、こっちがテイト。まったく一目瞭然だな」
「う、うるさい!」
 カペラのザイフォンは癒し系だ!こういう作業には向いている。しかし、オレのは攻撃系。仕方無いだろ?でも、素材は同じ。当然、味だって一緒の筈だ!
「じゃ、カペラのから食べるな!」
「あい!」
「……お、酒が効いてて美味いな……ありがとな。カペラ!」
 フラウに頭を撫でられてすっかりご満悦のカペラ。別に羨ましいわけじゃない。次はオレのだ!オレも期待を込めてフラウを見つめた。
「じゃ、こっちは後で…」
「なんで!」
「やっぱり喰わないとダメか?」
 フラウが露骨に嫌そうな顔をした。気のせいかフラウが涙目だ。
「ぶつぶつ、言ってねーでさっさと喰え!」
 オレはチョコをつかむとフラウの口に押し込んだ。
「わ、オ…止め…お!」
 まったく、失礼なヤツだ!素材は一緒なんだ。カペラのが美味いならオレのも美味いに決まってるだろうが!
「テイト、これ、味見したのか?」
「するわけねーだろ!酒が入ってんだから!」
「だろうな…」
 フラウが大きく溜息を突いた。
「カペラちょっとこっちおいで」
 そういうと引き寄せたカペラの目を掌で塞いだ。
「ちょっと目ぇ閉じてろ」
「あい」
「テイト…」
 顔を近付けろというジェスチャーをするフラウに近付く。
「ん…」
 次の瞬間、フラウに唇を奪われ舌と一緒にチョコの欠片が押し込まれた。
「何する!…まっ、マズっ」
 とてもチョコレートとは思えない味だ。ザイフォンの違いがこんなにも味に響くものなのか?
「フラウ・・・ごめん・・・ん・・・ん〜!!!」
 昨夜の事もあったからここは素直に謝ろうとしたら再び口を塞がれた。
「何する!」
「お口直し」
 唇が離れるとフラウは耳元で囁きニヤリと笑った。
「カペラ、目を開けていいぞ〜」
 フラウはカペラの目を覆っていた掌を外した。
 カペラはすぐに涙目のオレに気付き何が起こったのかと首をかしげる。
「なんでもないよカペラ。昨日貰ったチョコ食べよ」
 マジでお口直しが必要だ・・・
「あい」
 どうして、不味くなったんだろ?チョコとブランデーを混ぜただけなのに・・・そこで、ふとカペラのチョコも本当に美味しかったのだろうか?と疑問が沸いた。
 オレのチョコを拒むフラウを思い返す。たかがチョコ一つで妙だとは思ったのだが・・・
 フラウはカペラを思いやって『美味しい』と言ったのだろうか?
 もしかして・・・オレは振り返りフラウの視線を捕らえるとフラウが片目を瞑って唇の前に人差し指を立てた。
「ククッ」
 フラウもカペラには甘いよな・・・オレは涙目のフラウを思い出して笑いが零れた。
「どうしたの?テイト兄ちゃん」
「このチョコレート、フラウにも少し分けてやるか?」
 オレはチョコレートが入った袋を持ち上げた。
「あい!」
 カペラも自分の袋を大事そうにかかえるとフラウの元へ戻って行った。
 その姿をぼんやりと目で追いながらフラウへのお返しを考えた。昨夜といい、チョコレートといい、フラウにはちょっとした災難だ。ここはお詫びに・・・フラウの欲しいものを・・・

「やっぱりオレ?か・・・なんてな」
 行き着く先は結局『自分』という以外に思い浮かばず、そんな事を考えてる自分が恐ろしく恥ずかしい。何を思いあがっているんだ!オレは!
「いや、オマエで十分!」
「わあ!」
 突然、頭上から降ってきた声にオレは思わず素っ頓狂な声を挙げた。
「どうした?赤い顔して?」
 そう言うフラウの口角が意地悪そうに上がってる。
「う、煩い」
「今夜は寝るなよな」
 耳元で囁く。
「うう、煩い!」
 ああ、もう、さっきのはなし!
 意地でもお返しを考えてやる!
 オレは心に誓うと午後の予定に『町へ買い物』と付け加えた。







Fin