ビターボイス

「ホレ」
 バーテンの仕事を終えて部屋へ戻ってきたフラウは薄い長方形の包みを差し出した。
「オレに?」
「そ、安物で悪いな。カペラにもな。」
「あい!」
 カペラは今日何個目かのチョコレートを嬉しそうに受け取ると手に提げていた袋にしまった。
「随分、集まったな、カペラ」
 フラウがカペラの袋を覗き込む。店の女の子達がくれた綺麗に装飾されたチョコレートがわんさか入っている。
「おいおい、オレより貰ってるじゃねーか!」
「あい」
 カペラはどうしてチョコレートを貰えるのか今一解ってないようだが、いつもの愛くるしい笑みを浮かべて素直に受け取っていた。
 オレもカペラには負けるが結構な量のチョコレートを頂いた。貰いっぱなしは失礼だと思い、カペラとチョコレートの焼き菓子を大量に作って誰彼構わず配りまくった。
「もう、朝から甘い匂いで正直うんざりなんだけど…」
 当分、チョコレートは見るのも遠慮したい気分だったが、オレはフラウがたった今くれたチョコレートを見つめた。
「ははは、だろうな。ま、それは気持ちだ。いらないならカペラにでもやればいいさ」
「いるよ!」
 フラウがオレにくれたんだ。コレはオレのだ。
 店の女の子達がくれた綺麗なリボンが付いてる包み箱のチョコレートより、フラウがくれた素っ気無いチョコレートの方が数十倍特別な気がした。
 他のチョコレートと一緒にするのが嫌でチョコレートの入った袋に仕舞わずベッドの枕元に置いた。
「まさか、寝る前に食うんじゃないだろうな?」
 そう言うとフラウは呆れ顔だが少し嬉しそうに目を細めた。
「べ、別に食べるから置いてるんじゃね〜」
 大切なモノはなるべく自分の近くに置いておく。その癖が咄嗟に出ただけだ。なんてことを言えばヤツが一層喜びそうだから絶対言わない。
「へ〜。食べもしないのに枕元におくなんざ、オレから貰ったのがよっぽど嬉しかったんだな?」
「ち、違う!」
 オレは慌てて否定するが実際そうなのだと気づかされた。
 嬉しかったんだオレ。
 フラウから貰ったことが嬉しかったのにオレは「ありがとう」の一言も言えてない。
「フラウ、あ、り…が…あ、オレ、フラウに何も用意してない」
 沢山焼いた焼き菓子も全て配りきってしまった。まさか、フラウが用意してるなんて思わなかったから…
「気にするな」
 いつものようにポンっとオレの頭に手を乗せる。
「でも」
「チョコは入らないが…」
 そう言うとフラウは考え込むように自分の顎に手を当てた。
「何?」
 何か欲しいなら次のお駄賃で買ってやる!
 ふとオレを見下ろすフラウが不敵な笑みを浮かべると耳元でボソッと囁いた。
「!!!バ、バカヤロウ!」
 オレはフラウを蹴り飛ばした。
 フラウの口にするのも恥ずかしいセリフにオレの呼吸は乱れ、体温は一気に上昇した。
「よ、よくもそんなこと、恥ずかしげもなく言えるな!このエロ司教」
「ははは、期待してるからな、クソガキ」
 フラウはそう言うと浴室に消えていった。
「お兄ちゃん、フラウお兄ちゃん、何が欲しいって?」
 カペラが何事かと不思議そうにオレの顔を窺っている。
 何が欲しいかって?い、言える筈が無い!
「さ、酒でいいって…」
 咄嗟に口から嘘が零れた。
「さ、カペラ、さっさと寝るぞ」
「フラウ兄ちゃんは?」
「あんなヤツ、ほっとけ!」
 オレはカペラを抱き寄せると布団を被った。
 そうだ、寝ちまえばこっちのもんだ!今夜は意地でも起きるもんか!
 オレはギュッと固く目を瞑る。
 寝ないと…そう、思うのに何故かフラウの囁きが脳裏に甦って顔が火照る。

『オマエを食わせろ』

 オレじゃなくて朝飯を食えっての!バカっ!!!!!





Fin