family

 眠い。そして身体がダルイ。これらの症状の原因は…
「クソガキ!ぼーっとしてないでさっさと飯食え!」
 そう言うとフラウはオレの頭をポンポン叩いた。誰のせいでボーっとしてると思ってんだよ!と、フラウを睨みつけたのだが当のフラウの視線は隣のカペラへと注がれていた。
「どうした?カペラ?食欲ないのか?」
 フラウの言葉に隣のカペラへ目をやると確かにいつもと様子が違う。
「どうしたんだ?カペラ?」
「顔が赤いな?」
 フラウがカペラの額に手を当てた。
「おい。テイト、かなり熱あるぞ」
「オ、オレ、お医者さん呼んでくる!」
 言うなり部屋を飛び出した。
 朝、起きた時は普段と変わらなかったのに。オレに気を使って何でもない振りをしたのだろうか?
 そうじゃない、幼いカペラに自分の体調がどうとか解る筈がない!
 気が付かなかったオレが悪い…。
「クソッ!」
 宿の女将さんに医者を紹介してもらってオレは急いで迎えに走った。




「ただの風邪だね。2、3日大人しく寝てれば治るよ。これクスリね」
 そう言って初老の医者はオレにハイっと薬を渡した。
「ところで、こんな幼い子を連れて旅しているの?」
「その子の母親を探しているんです」
「ああ、そういうことね…」
 医者は暫く考え込むとゆっくりと口を開いた。
「君達がこの子の母親を探している間、私が預かろう」
「え?そ、それは…」
「この子の体のことを考えたら得策だと思うのだが」
 医者の言う事もわかる。今更だが確かに幼いカペラには過酷な旅だった。でも…
「それはできません。…カペラとは離れたくない」
 カペラとは離れられない。カペラはオレにとって…
 オレにとってなんだろう?
「センセイのお気持ちだけありがたく頂いときますよ」
 医者の申し出をフラウがやんわりと断った。
「そうか……そうだな。立ち入った事を言ってすまなかった。この子の寝顔があまりにも可愛いからつい要らぬ事を言ってしまったようだ」
 医者はそう言うと「すまん」と頭をさげた。
「いえ、ありがとうございます」
 フラウも軽く頭を下げた。
「よし、君達の健康状態も診ておくとしよう」
 ついでだからとフラウを椅子に座らせた。
 まずい!だって、フラウには心音が無いし、オレには背中にスクラーの烙印が…別に隠すことじゃないけど…また、詮索されるのは面倒だ。
「いや!俺達は全然大丈夫です!」
 フラウが慌てて全力で遠慮する。
「なんだ、その年になって医者嫌いか?情けない」
「プッ」
 医者の呆れ顔とフラウの慌て顔がおかしくて思わず吹いてしまった。
「しかたないな、じゃ、君は?」
「オ、オレも全然大丈夫です!」
 オレも慌てて遠慮した。
「なんだ、君もか…」
 医者は淋しそうに溜息を突くと「じゃ、私はこれで失礼するよ」と言って席を立った。
「お大事に。くれぐれも道中気をつけて行きなさい。無理をしないように」
「はい!ありがとうございました」
 医者を見送るとそっと部屋の扉を閉めた。




「ただの風邪で良かったな、テイト」
「うん」
「なんだ〜しみったれた顔して、シャンとしろ!シャンと!」
 そう言うなりフラウは思いっきりオレの後頭部を叩きやがった!
「なにしやがる!エロ司教!」
「わ、バカ暴れるなカペラが起きる」
「あ…」
 オレは慌ててカペラの顔を覗き込んだ。
「良かった。ぐっすり眠ってる」
 あんなに辛そうだったカペラは医者の注射で熱も落ち着いたみたいだ。
「やっぱりカペラを連れ回すのは無理があるのかな…」
「じゃあ医者のところに預けるか?」
「……」
 カペラの溢れるような笑顔が頭の中をぐるりと廻った。
「オレはずっとこのままでいたい」
 フラウの服の裾をギュッと握った。

 その夜はベットをくっつけてカペラを真ん中にして三人で並んで眠った。フラウは風邪が移るから向こうで寝ろって煩かったけどオレはどうしてもカペラが起きた時に傍に居たかった。



 隣の部屋から聞こえてくる賑やかな話し声で目が覚めた。
「コレ食べたら、ちゃんと寝るんだぞ〜カペラ」
「あい!」
 あれ、カペラ…
「起きて平気なのか?カペラ」
「あ、テイト兄ちゃん!」
 オレが居間に入るとカペラの笑顔が出迎えてくれた。よかった、熱下がったんだ。
「テイト兄ちゃん、心配かけてごめんなさい」
「カペラ、謝ることじゃない!心配して当然だろ!だって、オレ達は…オレ達は…?」
 オレ達って何だ?こんな時なんて言うんだっけ?親友?…それはミカゲだ!
「…」
「あのねテイト兄ちゃん。家族なんだって。フラウ兄ちゃんが言ってた!」
「家族?」
「うん。フラウ兄ちゃんが長男でテイト兄ちゃんが次男、ボクがスネっ子」
 嬉しそうにエヘっと笑う。ああ、なんて可愛いんだカペラ!
「カペラ、スネっ子じゃねぇ、末っ子だ!」
 カペラの言い間違いをすぐさまフラウがフォローする。
「あ、末っ子!で、だんこ三兄弟!」
 そう言うとカペラはクスクスと笑いだした。
「断固?」
「断固じゃなくて団子だ、カペラ」
 フラウがやれやれと言いながらまたもや訂正する。フラウの顔も楽しそうだ。
「あ。団子三兄弟」
 ちゃんと言えたカペラは満足そうに微笑んだ。
「はは。団子三兄弟か!それはいいや!」
 オレもカペラにつられて笑った。家族も兄弟もこれまでのオレの人生には有り得ない存在だ。胸の辺りがくすぐったいような感じがして、何故か目尻に涙が溜まった。
「カペラ」
「あい?」
 オレはこそっとカペラに耳打ちする。
「オレとカペラは兄弟でもおかしくないがフラウはどうみてもオッサンだ!」
「……あい…」
 カペラの顔が少し曇る。きっとフラウをのけ者にするようで気が咎めるのだろう。
「だから、フラウはお父さんにしておこう!」
 そう言ってニヤリと笑うと瞬く間にカペラの顔に笑顔が広がった。
「あい!」
「おいおい、なんで俺がお父さんなんだ?それじゃ、嫁に逃げられた子持ちやもめみたいじゃないか!」
「いいんじゃないのそれで〜」
 オレは両腕にカペラを抱きしめると寝室へと向かう。カペラは2、3日は安静にと言われたからオレはお兄ちゃんとしてきっちりカペラの看病しようと心に誓った。
 カペラをそっとベッドに降ろすと布団をかけた。
「テイト兄ちゃん」
「ん?」
「兄弟だから、ずっと一緒ね?」
「ああ。ずっと一緒だ!」
 オレの言葉に安心したのかそれとも医者の処方した薬が効いたのか、カペラはすぐに静かな寝息を立て始めた。
 何故かカペラの寝顔が滲んで見える。
 ずっと一緒だ…オレは心の中でもう一度呟いた。


「カペラ、寝たのか?」
「ワッ!」
 不意に背後から声をかけられ慌てて涙らしきものを拭った。
「オマエもさっさと飯を食え!」
 そう言うなりフラウはひょいっとオレを担いだ。またしても軽々と…
「わっ」
 バランスを崩しそうになったオレは咄嗟にフラウの首にしがみ付くとフラウのピアスが目に入った。
「フ、フラウありがと…」
 フラウの耳元でボソリと呟く。
「まったく、ガキの看病は正直疲れたぜ」
「それじゃなくて」
「ん?」
 フラウは首をかしげて考える。
「団子」
「ああ、団子三兄弟か」
「オレ、家族とか兄弟とかいないし…そういうのなんだか暖かくていいなって…」
 例え偽りの家族だとしても嬉しい。
「そっか。…ま、俺とオマエは違うけどな」
「違うって?なんで」
「そりゃ、オマエ、俺らはアレよ。やることやってるから…」
「フーラーウー!!!!!この!エロ司教!!!」
 そういうことを言うなよ!人がせっかくちょっとだけイイヤツとか思ったのに!!!
「わわわ。やめろ、テイト!首が絞まる!!!」
 知るか!ボケッ!
 感動して思わず抱きしめてキスしてやろうと思ったオレの純情な気持ちを返しやがれ!!!



Fin