大人の時間
 じっと見下ろされている。視線の主は言わずと知れたフラウだ。
「何なんだよ!寒いだろ!こんなところに連れてきて」
「静かにしろ、クソガキ。回りが起きるだろうが」
 気持ちよく寝ていたところを無理やり起こした貴様が言うことか!しかもこんな吹きっ晒しの屋上に連れて来られたんだ、不機嫌にもなるっての! 
「寒いから部屋に戻ろう、フラウ」
 そして暖かい布団に潜りたい。そもそもオレは下着のままだ!
「部屋はダメだ」
 フラウが真剣な面持ちで言った。
 なんで?何かあるのか?
 急に不安に駆られた。
「またアヤナミが仕掛けて来るのか?」
「ちがう!」
 フラウの眼が獣の色を帯びている。鎌が疼いて眠れないのか?
「フラウ、悪いがオレにはどうすることもできない…」
「部屋にはカペラが居るからな…」
 フラウの大きな手がやんわりとオレに絡みつく。
「は〜?」
 オレはがっくりと肩を落とした。


「今日はろくにオマエに触れてないからな」
 フラウの唇が額から頬、そして唇へと降りてくる。
「んん…何もこんなクソ寒いところじゃなくても…」
「ホレ」
 フラウがコートの裾を持ち上げた。仕方なくもぞもぞと入り込む。
「少しだけだぞ…」
「ああ」
 フラウの素肌にピタッと頬を当てる。体温も無ければ鼓動も聞こえない…この瞬間、フラウが人ではないことを思い知らされる。
「フラウ?」
「ん?」
「どうかしたか?」
 いつもなら嫌がるオレを無理やりどうにかしようとするのだが珍しく何もしてこない。
 この沈黙が寧ろオレを不安にさせる。
「カペラがいるから大丈夫だな…」
「何のこと?」
 嫌な予感がする…
「全てが終われば…」
 オレはその先を聞きたくなくてフラウの顔に近づけるとキスでフラウの唇を必死に塞いだ。
「ずっと離れないって言っただろ!」
 やばい涙が…堪えようと唇をかみ締めた。
 オレだって考えない訳じゃない。思いもよらない形で突然の別れが来るのを知っているから…
「ごめん、テイト。もう言わないから。泣くな」
「な、泣いてね〜」
 フラウの舌がそっと頬を伝った涙を嘗め取り唇へとたどり着く。
 唇が離れる瞬間、無性に淋しさを覚えた。そんなオレを察してかフラウがニヤリと笑った。
「戻るか?」
「うん」
「身体、冷えちまったな」
「ったく、誰のせいだよ!」
「オマエ!」
「な、なんで?」
「カペラ、カペラって…」
 フラウが眉間に皺をよせて少し困ったようないじけた表情をした。
「…?」
「昼間の…」


 日中、買い物に出かけたのだが街は祭りでもあるかのような賑わいだった。
 宿へ戻ろうとした帰り道、ほんの一瞬の隙に繋いでいた手が離れてカペラが人混みに飲み込まれてしまった。
 パニック状態のオレより先にフラウが直に見つけて事なきを得たのだが、オレの元へ戻ったカペラの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
 それからカペラが寝るまでオレは片時もカペラの傍を離れなかったのだ。


「もしかして…ヤキモチ?」
「悪いか?」
「カペラはまだ子供だぞ」
「オレの唯一のライバルだからな」
 フラウはニヤリと笑った。
 オレはフラウのコートから抜け出ると階段の入り口へと駆け出した。
「オイ!テイト!」
「仕方無いから付き合ってやるよ!」
 フラウのいじけた顔を思い出して笑いが込み上げる。
「何を?」
「ふーろ!」
 オレも相当甘いな…と思いながらドアノブに手をかけた…






Fin