蜜月 3
「さてと、クソガキども出かけるぞ」
 そう言うと、フラウは机に広げていた書類を掻き集め立ち上がった。どうやら教会本部へ送る報告書が書き上がったらしい。
「ついでに、飯も食って来るか?」
 そういえば腹が減ったような…。朝食を食べたっきり何も食ってないような気がする。文字書きの練習をしていたカペラの顔がパーッと明るくなった。
「あい!」
「よし、じゃ、お前等もさっさと仕度しろ!」
 フラウがカペラの頭撫でると嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あっ」
 その光景が夕べの自分と重なり思わず赤面してしまった。

 『痛くないかテイト?』脳裏で昨夜のフラウの言葉がリプレイされる。

「どした?」
「いや、何でもない」
 オレは慌てて身支度を済ませると、ドアへと向かった。
「行くんだろ?」
 そう言って部屋へと向けた視線がフラウと合ってしまった。
 何もかも見透かしたようなフラウの目が微かに笑った気がした。クソッ!
 最低だオレ!


 教会への定期連絡を終え、俺達はこじんまりとした店の中へと入る。
「フラウ、ここ酒メインの店じゃないのか?ちゃんと食うものあんだろうな?」
「大丈夫だ、こういうところはちゃんと裏メニューで食えるもんがあんだよ。仮に無かったとしてもメインディッシュの一つや二つオレが腕を奮って作ってやるさ」
 そう言うと奥のテーブル席へ滑り込んだ。
「カペラ、何食べたい?」
 オレは胃に入るモノなら何でもいいがカペラには食べたいモノを食べさせてやりたい。
「…ん。パンとミルク…」
「……」
 どうやらカペラは遠慮しているらしい。オレとフラウは互いに目を合わせると噴出した。
「それは、朝、食ったろ?夕飯はもっと美味い物食え!」
「でも…」
「でもじゃない。いいかカペラ、我侭言うのも子供の仕事だ。ちゃんと子供らしく振舞わねーと、こんな可愛げの無いクソガキになっちまうぞ!」
 そう言うとフラウは俺の頭をパンパンと叩いた。
「オイッ!オレは可愛げ無くないしクソガキでもないぞ!」
「はいはい。じゃ、お前等、お子様にはお子様の定番、ハンバーグセットな!」
「だ〜か〜ら、オレはお子様じゃね〜!」
 オレは思わずフラウに右ストレートをお見舞いしようと拳を振り上げた。がっ
「おっと!オマエの技は全て見切ってるぜ!」
 難無く腕をつかまれ羽交い絞めにされてしまった。クソッ!
 ここが店の中じゃなかったら蹴り倒しているところなんだが。

 『暴れるなテイト…』耳元で囁かれた気がしたが違った。そのセリフは夕べの…オレは夕べの事を思い返して慌てて首を振る。

「暴れるなテイト」
 今度ははっきりと耳元で囁かれた。首から上の体温が急上昇した。
「まったく、お前はわかりやすいな」
「…ち、ちがうぞこれは、腹が減りすぎて熱が出た」
「ハハッ。そんじゃ、早いとこ頼まねーとな」
 ああ、オレはホントに何を考えているんだ!
 ポカンとした顔のカペラと目が合う。
「子供らしくって大変だね。テイト兄ちゃん」
「……あ”」
 ち、ちがうぞカペラ。お兄ちゃんは子供らしく振舞っているわけじゃないし、そもそも子供じゃない!
 後ろでフラウは腹を抱えて笑っている。クソッ!オレはフラウにボディーブローを打ち込んだ。当然、フラウには何のダメージも与えられないのだが…


 ビールを煽るように飲むフラウを横目にオレとカペラはハンバーグセットを綺麗に平らげた。ヤバイ、美味すぎる!オレたちは皿まで嘗める勢いだったがそこは理性でぐっと我慢した。カペラの瞳は満足そうに緩みっぱなしだ。
 コトッ、オレとカペラの前にホットミルクが差し出される。
「店からのサービスだ。オチビちゃんたち」
 そう言うと白い髭を蓄えたふくよかなマスターがニコリと笑った。
「あ、ありがとうございます」
 オレはオチビちゃん扱いされたのが腑に落ちないが出されたミルクに対してすかさずお礼を言った。
「ただのミルクじゃねーぞ、坊主。この街じゃ大人から子供まで親しまれてる飲み物だ。味わって飲め」
 たかがミルクに随分もったいぶった言い方をするなと思いつつそろそろとカップに口を近づける。
 一瞬、チョコレートの様な香りが鼻をくすぐり、ほのかな甘味が口に広がった。
「美味しい!」
「だろう!外は冷えるからたっぷり飲んで帰んな」
 マスターはオレたちの反応に満足したのか、そう言うとカウンターへと戻っていった。
「なんだ?ただのミルクに。そんなに美味いか?」
「あい!」
 カペラが満面の笑みを浮かべる。その頬にほんのり赤みが差した。
「カペラ顔が赤いぞ?もう、飲んじゃったのか?」
「あい!」
 見るとカペラのカップは空になっている。カペラの瞳も心なしか潤んでるような…
「お前等、いったい何飲んでんだ?」
「ホットミルク…」
 フラウがオレにも飲ませろっぽい仕草をするからオレも慌ててグビッと一気にミルクを飲み干した。
「あ、オマエ。意地汚いぞ」
「オマエもマスターに頼めばいいだろ」
 オレも顔が熱くなってきた…どうしたんだろうか?オレの額にフラウの掌があてられる。
…あ、冷たくて気持ちい…
「マスター!これ、ブランデー入ってんのか?」
 フラウは目の前に居るのに遠くの方で声がする。ブランデーって何だ?
「ああ、外は寒いからな。それ、飲んどけば寒くねー」
 うん、寒くない…熱いぐらいだ…
「バカヤロウ、量を考えろよ!どうすんだコイツラ!」
 何、怒ってんだフラウ?
「おかしいな…。ここいらの子供たちはその位じゃ酔わねーんだが…」
「はぁ〜。コイツラ酒飲んだの初めてだぜ」
 酒?何でもいいや、美味いから…
「おじ、さん、コレ、お替、り〜!いてっ」
 フラウに後頭部を叩かれた!何でだよ!
「酔っ払いは黙ってろ!しょうがねー担いで帰るっきゃねーな」
「悪かったな。オマエさんのビールもサービスしとくから」
「そうかい?悪いねオヤジ。ところでコイツラ、オタクのハンバーグがよっぽど美味しかったみてーだな?」
「ああ、嬉しいね〜。あの食べっぷりに惹かれて思わずミルクをサービスしたんだが裏目にでちまったな」
「それはいいってことよ。ごちそうさま!」
「こっちに来たときは、また寄ってくれ!」
 おじさん!美味しかったよ!絶対また来る!オレはぶんぶん手を振った。フワリと体が宙に浮く。
 ふわふわと体が宙を浮いてる。おかしいな?足が地に着いていないのに景色がどんどん遠ざかってる?ザイフォンも使ってないし…
「オマエも寝てろ」
 フラウの声がする。うん、寝る。だってすごい眠い…


 宙を舞っていたオレはいつの間にかベッドの上に着地した。
 やけに喉が渇く。
 水が欲しい…
 ベッドの上にペタンと座りフラウを見上げる。
「欲しいか?」
 うん。
「ヤバイな。オマエ、おもいっきりおねだりポーズだぞ」
 うん?水が欲しいからな…
「しょうがねーな」
 早く水くれ!

チュッ!
 フラウの唇がオレのと重なった。
 フラウ…それじゃなくて、水!
「なんだ?それで抵抗しているつもりか?面白いな」
 水が飲みたいんだよぉ!オレは!
「目、潤んでるぞ。ホントに酒に弱いなオマエ」
 フラウにギュッと抱きしめられる。あ、気持ちいい…
 じゃ、なくて水!みーずー!
「アア…っ」
 水って言いたいのに上手く言葉が出てこない。
「水か?」
 おお、さすがフラウ、早いところ水を持ってきてくれ!
「目、うるうるさせちゃって。オレより水のが欲しいのか?」
 うん。うん。必死に頭を振ったらくらくらした。オレはそのまま後ろに倒れた。
「おいおい、大丈夫か?しょうがねーな、テイト、水だ。顔を上に向けろ」
 フラウはオレを抱き起こすとオレに口付けた。それじゃなくて…
 抗議しようとするとフラウの口から冷たい水が流し込まれた。
 ゴクッ…冷たくて美味しい…。フラウ…もっと…
「ちょっと待て。吸い付くなって」
 フラウが笑いながら自分の口に水を含ませてる。早く、フラウ…水…
 ゴクッゴクッ、流れ込む水を自分の喉へと流し込み、終わるとせがむように吸い付いた。
「テイト」
 フラウの舌がオレの口へ進入して中を動き回る。
「や…。もっと…み、ず」
 フラウ、水、頂戴…
「ん…」
 服の中へと進入してきた指が素肌を刺激する。
「水が欲しいのか?」
 うん。もっと欲しい。
「じゃ、飲みに来い」
 そう言うとフラウが自分の口に水を含んだ。
 オレは迷う事無く自らフラウの口に吸い付く。
 ゴクッ。まだ、足りない…オレはフラウの口に水を注いで…って、こっちを飲めばいいんだ!
 オレはフラウの手から水を奪うと必死に自分の喉へと流し込んだ。ふ〜
 一瞬で正気に戻る。いったいオレはここで何をして…自分の痴態が走馬灯のように甦る。オレのバカ!
「フ〜ラ〜ウ〜貴様、オレに何をさせる!」
「何だよ、結構ノリノリだったじゃねーか!」
 誰がノリノリだ〜今のはオレじゃねぇ!それに…
「バカヤロウ。カペラが見てたらどうすんだ!」
「あ、そのことなんだがテイト…」
!!!!
 ま、まさかカペラが起きて!!!オレは蒼くなった。こんな痴態をカペラが見たらカペラの中のオレのカッコイイイメージが総崩れだ!
「安心しろ、カペラは隣の居間のソファーでぐっすり眠ってる」
「!!!それを先に言え!オレは今すぐ全てのゴッドハウスを廻りさっさとこの世とおさらばしたくなったぞ!」
「それも悪くないが、といあえず今の続きを…水なしで…」
 フラウが覆いかぶさってくる。調子に乗るな!このエロ司教!
「ん…」
 唇を塞がれフラウの体で押さえ込まれる。
「嫌か?テイト」
 フラウの囁き声が耳元をくすぐり、冷たい掌が額を優しく撫でる。
 嫌な筈が無い…だって、ずっとその手を待っていたのだから…
 オレは抵抗する変わりにフラウにしがみ付いた




Fin