それって恋だよ、恋!
 司教試験前日、テイトとハクレンはフラウやカストル、ラブラドール等の熱心な指導を受けていた。
「これだけ頑張ったのですから、二人ともきっと合格しますよ」
 カストルはラブラドールが入れたお茶を一口すすると二人に労いの言葉をかけた。
「そーだよねー。これで受からなかったら運が無かったとしか言えないよ」
 ラブラドールは微笑みを浮かべながらさらりとプレッシャーをかける。
「……が、頑張ります」
「大丈夫、自信を持って!」
 一瞬、言葉に詰まったテイトとハクレンにラブラドールは慌てて言葉を付け加えた。
 そんなやり取りをしながらテイトはふと視線をフラウへ送った。いつもなら茶々を入れてきそうなフラウが心ここにあらずといった様子でぼんやりと遠くを眺めている。

……あの方角はバスティン司教の……

「私だってフラウと組まなければ一発合格の筈でした…まさにあれは運が無かったと言うべきことですね。って、聞いているのですか?フラウ」
 カストルはバシッとフラウの頭を教本で殴ると「今日はお開きにしましょう」と立ち上がった。
「ぐわっ、てめっ、何しやがる…てて」
「そうだね。君達も今日はもう、ゆっくり休んで明日に備えて下さい。フラウ、行きますよ」
 ラブラドールの呼びかけに頭を抑えながらフラウも立ち上がる。
「じゃあな。クソガキども、明日はガンバレよ」
 軽く片手を振りフラウ等は立ち去った。
「ったく、カストル、ちったー手加減しろよ」
「すみませんね。アナタのことだから軽く交わせると思ったのですよ」
「もう、二人とも、みんな見てますよ。ちゃんと司教らしくしてください」
 すでに見慣れた光景だがフラウを気遣う二人の優しさが見て取れた。


「フラウ司教はまだ心の傷が癒えてないのかもしれないな…」
 ハクレンがフラウの後ろ姿を目で追いながらテイトにそう言った。
「ああ、いつもウザイやつが静かだと調子が狂うな」
「テイト!司教をヤツ呼ばわりするのは良くないぞ!曲がりなりにもフラウ司教は列記とした司教なのだから…」
「プッ」
 生真面目なハクレンにテイトは思わず噴出した。
「何が、おかしい?」
「だって、ハクレンの方がよっぽど司教らしくて…」
「そもそも、なんで、テイトはフラウ司教を呼び捨てなんだ?」
「…なんでだろ?出会いが最悪だったから今更って感じかな?」
「出会い?」
「まあ、いろいろとあって…その内ちゃんと話すから」
「しょうがないな…いつかちゃんと話せよ。ところで明日の試験だが…」
 納得がいかないといった顔のハクレンだがテイトはこれ以上話す気がないようなので話題を変えると二人は食堂へと向かった。


 その夜、テイトはフラウの事が気になって中々寝付けずにいた。
……アイツ、ちゃんと眠ってるかな?また、夜な夜な外へ出歩いているんじゃ……
「ああ、もう、眠れね〜!!」
 テイトは起き上がると寝巻きのままブーツを履きだした。ミカゲは何故かハクレンの脇で眠っている。
「……?」
……ミカゲ、オレの傍よりハクレンがいいのか!?……
……それともオレの寝相悪いのかな?……
 テイトは首を傾げつつそうっと部屋を抜け出した。向かうはフラウの部屋へ…

 フラウの部屋まで来たはいいが何と言って扉を叩けばいいのかテイトは悩んだ。ただただジッと大きな扉を仰ぎ見ているとゆっくりと扉が開いた。
「ったく、クソガキ。こんな時間に人の部屋の前で殺気を漲らせるんじゃねーよ」
「ば、ちがっ!お、オレは…」
 部屋の主が扉の中から現れると大きな掌をテイトの頭に乗せた。
「じゃ、夜這いか?ガキは寝る時間だぞ」
「ミ…ミカゲが部屋に居なかったからコッチに来てるかと思って…」
 テイトはしっかり部屋に居たミカゲをだしに苦し紛れの言い訳をする。
 本当はフラウの事が心配で来たのだ。フラウの顔を見れば安心して眠れると。 そもそも、なんでフラウの顔を見れば安心すると思ったのだろうか?急に自分がこの場に居ることが恥ずかしくなりテイトの顔は耳まで赤くなった。 頭に置かれたフラウの掌を意識して鼓動が早くなるのを感じた。
 クルリと体を反転させ、部屋へ引き返そうとしたテイトの腕をフラウが引き止め次の瞬間にはしっかりとフラウに抱きしめられた。
「心配して来たんだろ?ありがとなテイト」
「ちがう、オレはミカゲをさがして…ってか、離せよフラウ…」
 そう言うテイトの言葉は呟き程度のものでしかなかった。
 背中に回ったフラウの腕を意識する。ドキドキ…胸の鼓動が一層高まる。テイトは鼓動がフラウに伝わらないことを祈りつつ大人しく懐に収まった。
 フラウの悲しみを思うとテイトまで胸が痛くなる。思えば今までは自分の辛さで胸が痛くなることばかりだった。 こんなにも人の辛さを感じるのはフラウが初めてではないだろうか?親友と呼べる存在だったミカゲとは悲しみや苦しみを分かち合う事すらできなかった。 フラウは親友ではない、しかし自分にとって大事な存在であることは確かだ。
 テイトは抱きしめられているのにまるで自分がフラウを抱きしめているように感じた。

「少しは元気出たか?フラウ」
「出た、出た」
 本当だろうか?心配になってテイトはフラウの顔を覗き込んだ。
「なんなら、朝まで添い寝してくれるか?」
 フラウがいつもの調子で冗談を言うがテイトは変に意識してしまい顔が真っ赤になった。
「ば、ばか言ってんじゃね〜」そう、言い放つと今度こそ身を翻して逃げるように駆け出した。

 ドキドキ…テイトの胸の鼓動は早いままだ。フラウの顔を見れば安心して眠れる筈だったのだがこれでは返って眠れない。
「まったく、何やってんだ、オレは」
 悶々としたままベッドに潜り込み無理やり目を瞑った。眠れないと思ったテイトだったがものの数分で眠りに落ちていった。



 司教試験は想像を遥かに超えるユニークなものだった。テイトとハクレンは互いをフォローし最後の試練の橋も各々クリアした。
 合格の余韻に浸る間もなくテイトは帝国軍の追ってから逃れるためにこのまま教会を去らなければならない。それは一刻を要し、ハクレンとの別れを惜しむ時間さえ無い。
「まったく、お前は慌しいやつだ」
「ハクレン、いつかちゃんと全部話すからな!!」
 互いの想いは硬く結んだ掌で十分伝わった。
 テイトの声にならない言葉は涙となって瞳から溢れた。
 自分にはもっと違う幸せな人生があったのではないだろうか? ミカゲがいてカストル、ラブラドール、ハクレン、そしてフラウ等と共に教会で暮らす静かな日々。テイトの愛すべき人達との生活は自分には与えられないのだろうか…




「泣いてるのか?クソガキ?」
 フラウはホークザイルの高度を上げた。遥か後方に見える教会の塔が夕日に染まり街中が輝いて見える。
 その光景にテイトは目を奪われた。
……美しい……  心穏やかに暮らしたい。そんなささやかな願いは叶わないがフラウとミカゲが一緒に居てくれる。
「違う、泣いてない」
 思わずフラウの腰にギュッとしがみ付いた。
 フラウの背中は安心するな。そんなことを思いながらテイトは自分の頬をフラウの背中に押し当てる。…ドキドキ…胸の鼓動が再び早く打ち始めた。

……どうして、フラウと一緒だとこんなにドキドキするんだ?……

 静まれ心臓!そんな願いも空しく鼓動は更に激しくなった気がした。
「オレどうしちゃったんだろう?」
 テイトは深く息を吐くと肩にしがみ付くミカゲに囁いた。


 フラウは自分の背中でもぞもぞと動くテイトを感じて一人ほくそ笑んだ。
「まったく、ガキだな」
 そう呟くとホークザイルのスピードを上げた。
「しっかり捉まってろ!クソガキ」



Fin