※兄弟パラレルシリーズ、「桜が散る頃」のテイト視点。
桜が咲く頃
高校では寮に入ると宣言した次の日、フラウがオレの部屋に来た。この部屋でフラウと二人きりなんていつ以来だろう? 子供の頃はオレの方がフラウにべったりで自分の部屋に居るよりもフラウの部屋に居る方が多かったのに……。
子供の頃の楽しかった思い出と一緒に、フラウがオレを避け始めた三年前の記憶が甦った。
中学生になったオレの興味の対象は、出合った頃と変わらずフラウ一人で、家の中ですることといえばフラウ探しだった。ところが、いくつになっても一緒に居てくれると信じていた当のフラウは、忙しいだの時間が無いだのと言ってまったく相手にしてくれない。
嫌われたのかな? と、不安に思ってフラウの部屋の前でしゃがんで帰りを待った。フラウの『ただいま』に『おかえり』が云いたくて、自分を見て微笑んでくれたらきっとこの不安もなくなる。そう信じて、フラウの帰りをじっと待った。
深夜に帰宅したフラウは廊下でうずくまるオレの腕を無言で掴むと、フラウの部屋とは反対のオレの部屋へと引っ張って行き、オレをベッドの端に座らせた。
「何時だと思ってるんだ! あんなとこに居たら風邪をひくだろ!」
オレを叱るフラウの顔に笑みは無い。
おかえりが云いたかっただけなのに、フラウの顔が見たかっただけなのに、オレの取った行動はフラウを苛立たせただけだった。期待していたフラウの笑顔が見れなかった上、酷く突き放されたように感じたオレは、悲しくなって、絶対に泣きたくなかったのに我慢できず涙が零れた。
フラウの顔が見れなくて、ずっと下を向いて、握り締めた手の甲に落ちる涙を見つめてたら、突然フラウに体を倒された。ベッドに押さえつけられ、フラウの顔が近付いてくる。
事態が飲み込めず呆気に取られて固まっていたら、フラウは体を離して無言で部屋を出て行った……
そんな事があった後、オレもフラウを避けるようになった。嫌いだとか怖いとかそういうのじゃなくて、変にフラウを意識するようになったから。
それが今、フラウが部屋にやってきて、肩まで抱かれるなんて、由々しき事態! 意識してるなんて絶対悟られてはならない! なのに、心臓はバクバクしてるし、体は硬直状態。不自然過ぎるだろ?!
なんとか平常心を保とうとフラウの言葉に集中する。
「もし、オレが嫌ならオレが出て行く……」
フラウの言葉に疑問符が10個ぐらい頭の中で舞った。
どうしてそうなるのだろう? 嫌ってるのはフラウの方だろ? オレは嫌ってなどいない!
「違う! フラウは関係ない! フラウを嫌いなはずない……。オレが勝手に……。フラウこそ、オレのこと嫌いなんだろ! オレを避けて家にも帰ってこなかったくせに!」
積年の恨みって訳じゃないけどフラウに対しての怒りが沸々と湧き上がる。ついでに涙も零れそうになるけど、必死に堪えた。今度は絶対泣かない! そう誓って心の中で涙と戦ってたら、フラウに抱きしめられた。
フラウが耳元で「オマエを嫌うわけないだろう?」と、呟いたけど、嫌ってないなら、どうして傍に居てくれなかったの?
「寮には入るな」
オレから体を離したフラウはそう言って少しだけ微笑んだ。
「カペラはどうなる? あんなに泣いて淋しがっているのに可哀想だろ?」
「……フラウは? オレが居ないと淋しい?」
オレはフラウが居なくて淋しかったよ。
ずっと、ずっと、この三年間、フラウの拒絶は余りにも辛くて、ならばいっそのこと此処から居なくなればいいって考えた。カペラのことは心配だけど、このまま此処に居たらオレが壊れる……
どうしてかって? それはオレがフラウを好きだから。
フラウはオレの問い掛けに答えない。じっとフラウを見つめるオレの視線から顔を背けると無言で部屋を出て行った。
三年前と一緒。結局フラウはオレを受け入れてはくれない。
庭に一本だけ桜の木がある。
この桜で花見をするのが子供の頃の恒例行事だった。
お母さんとオタケさんが重箱にご馳走を詰める横で笑いながらフラウとオレがつまみ食いをした。そんな情景を懐かしく思い出しながら、縁側の端に座って一本の桜の木を眺めた。
あの頃に戻れたらいいのに……
フラウがオレを避けたのも、オレの気持ちを知っていたからかもしれない。自分でさえ気付かなかった感情をフラウは疾うに見抜いていた。だからオレとの距離を置いたのだ。
フラウを好きにならなければ、昔のままでいられたのに……
いくつもあったであろう人生の選択肢を自分はどこで間違えたのだろう?
頭の中でぐるぐると考えているうちに寝入ってしまったらしい。人の気配と唇を掠めた感触で目が覚めた。
「フラウ?」
咄嗟に唇を押さえる。今の感触は……
「桜の花びらだ」
フラウは苦笑いを浮かべながら、薄桜色の花びらを指先でつまんで見せた。
「……」
一瞬でも期待した自分が馬鹿みたいだ。
フラウにとってオレはただの弟で、いくら好きになっても受け入れられることはない。絶対に。だからオレはフラウを好きでいちゃいけないんだ。
この桜が散る頃、オレはこの家を出ていく。
フラウへの想いを断ち切って、あの頃のように笑ってこの桜を見上げられる日がきっと来る。
いつの日か……
そう、この桜にフラウを諦めると誓った春、その三ヵ月後の夏にフラウに告られ、一年が過ぎて、今年、オレは高校三年生になる。
オレは桜の木を前にして溜息を吐いた。
今年は開花が遅れているようだった。まだ一輪の花も咲いてない。
フラウがもっと早く、オレがうだうだと悩む前にさっさとオレに好きだと言ってくれれば、あんな辛い思いをしなくてすんだのに……。どれだけ、オレが悩んだと思ってるんだ! あの時のオレの決意はなんだったんだ!
まだ咲かない桜を眺めながらフラウへの怒りを募らせているうちにどうやら眠っていたらしい。
人の気配と唇を掠めた感触で目が覚めた。
「フラウ?」
目を開けるとフラウの顔が間近にあった。
「桜の花びらだ」
そう言ってニヤリと笑う。
「嘘付け! 桜なんか咲いてないだろ?」
「じゃあ、桃の花びら……イテっ」
いい加減なことを言うフラウの頬を軽く捻ってやった。
「フラウ、もしかしてあの時も」
キスしただろ!? と、問い質す前に唇を塞がれた。
今ではキスどころか深い関係にまで発展してしまったフラウとオレだが、時折、夢じゃないかと錯覚することがある。願望が魅せる夢の中をオレはただ彷徨っている。そう考えたら不安になってフラウにしがみ付いた。
「どうした?」
「……なんでもない」
夢でもかまわない! フラウは此処に居る。
桜が咲いたら、今年はみんなでお花見をしよう!
昔みたいに。
もう、子供じゃないけれど。
あの頃のように笑ってこの桜を見上げられる日が、
やっと来た。
end
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