call me
「もう、電話しなくていいから」
『おい、テイト!』
 テイトはフラウの声を無視して受話器を置いた。
 小さく突いた溜息とともにちょっとした後悔に苛まれる。
 夏休みが終わり、テイトは通常の学校生活に戻っていた。相変わらず賑やかな寮生活といささか退屈な授業、そして充実したクラブ活動。テイトがこなす一連のルーティーンに新学期から就寝前の電話が加えられた。
『毎日電話してやる』てっきり冗談だと思ったのだがフラウは毎日欠かさずかけて来た。しかも寮の電話に。携帯電話が普及している昨今、内線電話というものが無くなり寮内の電話は受付脇に設置されているのみとなった。当然回りからの視線を集め、就寝前に必ずかかってくる電話は一躍寮内の関心事となった。別に回りからどう思われようと構わないが、電話の後にかけられる野次には流石のテイトもうんざりしていた。
 テイトは受話器を置いた電話を暫く見つめた。もしかしたら、かけなおして来るかもしれない、そんな半ば期待のようなものを抱いたが1分経ってもその気配はない。自分から切ったのだからかけて来る筈も無いかと、考えてみれば当然のことだがその場から離れることができなかった。

 部屋に戻るとベッドでマンガ雑誌を広げていたミカゲが顔を上げて声をかけてきた。
「毎日、良く続くな」
 ミカゲの冷かしは何時もの事だがそれにはまったく腹は立たない。
「どうした?テイト、浮かない顔して」
 窓際に備え付けの勉強机に向かっていたハクレンも振り向くと声をかけた。
「もう、電話するなって言ってきた」
 テイトは極力声に感情が入らないように言った。
「そっか、でも先輩の事だから明日も普通にかけてくんじゃねーの」
 ミカゲが楽しそうに笑うとマンガの続きが気になるのか手にした雑誌に視線を戻した。ハクレンは心配そうな顔をしたがそれ以上の事は聞いてこない。相談されれば応えるというスタンスのハクレンとミカゲの存在は本当に大きい。二人に「おやすみ」と言うと自分のベッドに潜り込んだ。


 あれから一週間、ミカゲの予想は大きく外れ、フラウからの電話は一度もかかって来なかった。
 どうってことない、これまで通りの生活に戻っただけじゃないか。そう自分に言い聞かせながらもベッドに入ると決まって「なんでかけて来ないんだよ」と心の中で悪態を付いた。とは言っても『かけてくるな』と言ったのはテイト自身だ。
 目を閉じて頭の中でフラウを思い描く。フラウは決まって「わりい」と笑って自分の頭にポンっと手を乗せた。
 テイトはかけてくるなと言ったことを今更ながら後悔した。
「テイトからかければいいじゃんか」
 いつものようにベッドの上でマンガを読んでいたミカゲが突然ボソッと呟いた。
「え?」
「気になるんだろ?」
「別に……」
「あ、そう」
 ミカゲはそう言うとマンガ雑誌をテイトの居るベッドへと投げてよこした。
「それでも読んでさっさと寝ちまえ」
「……」
「そう、シケた面されるとこっちも気が滅入んだよっ」
 ミカゲはそう言うと布団に潜った。
 その様子を傍から見ていたハクレンの口が『気にするな』と動いた。
 テイトは二人に気を使わせている自分に腹が立つと同時に何かしら行動しなくてはという思いに駆られた。



 テイトが「週末は実家に帰ろう!」そう決心した次の日、寮に小包が届いた。見た瞬間、フラウを連想し、テイトの予想通り差出人にその名を見つけると慌てて箱を開けた。小冊子とアダプター、そして一体の携帯電話が出てきた。
「なんだ?コレ?」
 テイトは首をかしげた。というのも、それは余りにも子供の玩具に見えたからだ。
「あれ?テイト、携帯買ったのか? 何だよソレっ!」
 ミカゲがテイトが手にした携帯を見た瞬間吹き出した。
「フラウが送ってよこしたんだ」
「高校生にもなって子供用かよっ」
 ミカゲが物珍しそうに一緒に入っていた取り説を捲った。
「それ、着信専用じゃないのか?」
 ハクレンも面白いものでも見るようにテイトの手の中の携帯を見つめた。
ブーブー
 突然、テイトの手の中の携帯が震えだした。
「お、生意気にもバイブ機能まで付いてるっ」
 ミカゲはそう言うと笑いのツボに入ったのか腹を抱えて声にならない笑い声をあげた。
 ハクレンも笑いを堪えながら「テイト、出てみろよ」と言うや否や堪らず笑い出した。
「二人とも笑いすぎっ!」
 テイトは笑い転げる二人を一瞥すると電話に出た。
「もしもし」
『お、テイトか? オレ』
 暢気な声がいつもの調子で耳元をくすぐる。
「どちらの俺様ですか?」
『なんだ、怒ってるのか?』
 フラウの声のトーンが拗ねたように少し下がった。あんなに心待ちにしていたフラウの声なのにテイトは内心がっくりと肩を落とした。
「なんだよ、コレ!」
『可愛いだろ? カペラがオマエにあげるってよ』
「カペラのなのか?」
「ぷーっ」×2
 カペラと聞いた途端、背後の二人が盛大に吹き出した。
「こんなの送ってくんなよっフラウのバカっ!」
『だって、寮にかけるとお前、すぐ切るだろ? いいじゃねーか、それでも充分話できんだからっ』
「……」
『あ、使い方、解らなかったら、ミカゲとハクレンに教えてもらえ、じゃあな』
 フラウは言いたい事だけ言うと一方的に通話が切れた。
「解らないも何も着信専用電話にどんな複雑な機能があるってんだよっ!」
 テイトは切れた携帯電話の送話口に怒鳴った。
「まったく、フラウのやつっ」
「ま、いいじゃねーか。これで誰気兼ね無くラブコールが送れるわけだし。ぷっ」
「な、誰がラブコールだっ」
 再び吹き出すミカゲの頭をテイトは容赦無く小突いた。
「しかし、これじゃ使え無いな。着信専用じゃ、メールも出来ないだろ?」
 ハクレンが残念そうに溜息を漏らした。
「何だとっ」
 ミカゲがテイトから携帯を奪い取ると機能を調べた。
「……テイト」
「な、何?」
 ミカゲが神妙な面持ちで話しかけるから何事かと慌てて返事を返した。
「どうせ携帯を持つなら最新式のを持て」
「う、うん?」
「これはカペラに返して」
「うん」
「兄ちゃんに一番高いのをオネダリしろっ!」
「はぁ? ミカゲ、さっき『これでいいじゃん』って言ってなかったか?」
「メール機能が無い携帯は携帯として認めね〜っ!」
 力強く拳を振り上げるミカゲに呆れて「意味わかんないよ」と呟くとハクレンは笑いながら「ミカゲはテイトとメールしたいんだよ」と耳打ちした。
『いつも一緒に居るんだからメールなんか必要ないじゃん』と思ったがそれはあえて言うのをやめた。
 ミカゲの言う通り、コレはカペラに返して自分用のを買うとしよう。今までまったく必要性を感じ無かったがあれば確かに便利だ。テイトは今後の算段を頭の中で廻らせるとほくそ笑んだ。


 フラウに週末はショッピングの約束を取り付けよう。
 そうと決まればフラウに電話ってコレじゃかけられねーし……


 その夜、テイトは手の中の玩具のような携帯電話がブルブルと震えるのを待った。

 きっと、あと10分もすればかかってくる。

 それは予感というより確信だった。



END


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