線香花火
「じゃーん!」
 海でのバイトを終えて帰宅したフラウの鼻先にカペラが『コレを見よ!』と、花火セットを突きつけた。
「何だ? コレ」
「花火だよ! お父さんが置いてった」
 今朝、短い休暇を終えて両親は自宅へと帰って言った。母親は車に乗り込むと『カペラのことよろしくね』そう言ってフラウに軽く手を振った。どうせなら連れて帰れよ! フラウの心の声は当然届かず、残された幼子の手を握る。当のカペラはテイトと一緒に居られるのが嬉しいのか置いていかれたというのにご満悦だ。
「昨日、大きいの見たばかりだろ?」
 フラウは呆れて溜息を突いた。
「お兄ちゃん達と花火見てない!」
 昨夜、家族で花火大会を見に行ったのだがテイトとフラウは家族と逸れてしまい、二人を心配したカペラは花火どころでは無かったらしい。花火大会終了後、合流したカペラの第一声は『大人なのに迷子になるなんて恥ずかしい!』だった。
「テイトは?」
「外でバーベキューの準備してる。兄ちゃんも早く来て!」
「ああ、すぐ行く」
 カペラはニカっと笑うとパタパタと駆けて行った。
「はぁ〜」
 カペラの姿が見えなくなるとフラウは再び溜息を突いた。
 テイトと一緒に過ごす時間が日に日に減っていることに焦りを感じずにはいられない。スイートバケーションになる予定がバイトと家族サービスに費やしてしまい、すっかり家族思いの理想のお兄さんになってしまった。今日もバイトの帰りに隣のおじいさんに『若いのに偉いね〜』と声をかけられトマトを一山持たされた。
 フラウは台所のテーブルにトマトを置くと冷蔵庫から冷たいビールを取り出した。
 台所として使われてる土間は玄関から続き、奥の庭へもそのまま出られる造りになっている。フラウはビールを手にして庭の様子を窺った。テイトは食材の入ったザルをかかえたまま、ボーっと海を眺めていた。
「また、ボケッとして」
 テイトは海を眺めるのが好きらしい。そのままどこか遠くへ飛んでいってしまいそうで思わず抱きしめたい衝動に駆られる。
「あ、フラウ。お帰り」
 フラウの視線に気付いてテイトが振り向いた。少しはにかんだ笑顔を浮かべている。独り占めしたい笑顔だ。いっそのことテイトを連れてどこか旅に出るか! おそらくテイトに即答で却下されるだろうが……
 フラウは軽く手を挙げると「……ただいま」と言った。



「お疲れ様です」
 マツはフラウに労いの言葉をかけるとグラスにビールを注いだ。
「マツさんこそ、お疲れ様〜」
 フラウもマツのグラスにビールを注ぐ。
 お手伝いのオタケと運転手のウメは両親と共に自宅へと戻ってしまい、別荘での世話はマツ一人でこなしている。
「テイト坊ちゃん、今年は楽しそうで良かったです。昨年はどこか淋しそうにしてましたから。カペラ坊ちゃんも……」
 竈の周りでカペラとテイトが塊肉の刺さった串に齧り付いている様子を眺めながらマツが言った。
 マツの言葉に含みは無いのだろうが攻められているようでフラウは思わず苦笑いした。
「去年はバイトやらでオレも忙しかったから」
 フラウはグラスに残ったビールを一気に流し込んだ。
「今年の夏は本当に賑やかで」
「オレは疲れたよ……ガキどもの相手で」
「ははは。一番、楽しんでいるようにも見えますがね」
 そう言うとフラウのグラスにビールを継ぎ足す。フラウもマツのグラスにビールを注いだ。普段は無口なマツだか酒が入ったせいか良くしゃべる。
「テイト坊ちゃんを泣かすようなことしたら許しませんよ」
「え?」
 マツの口から漏れた呟きを聞き間違いだろうかとフラウは首をかしげた。マツの顔を見たが相変わらず表情からは何も読み取れない。マツはニコッと笑うと「独り言です」と言った。


 テイトが花火セットを広げ、花火花火とカペラのはしゃぐ声が庭に響いた。
 昨夜の打ち上げ花火とは違い手持ちの花火だがそれはそれで情緒がある。
「童心に返るね〜マツさん」
「ええ」
 花火を手にしたカペラが満面の笑みでフラウ達に手を振っている。
「マツさんもやろ〜」
 カペラが手招きしてマツを呼んだ。
「ワタシはいいですよ」
 そう手を振り返すからフラウは「付き合いますか?」とマツを促した。
「何が残ってるんだ?」
「フラウ兄ちゃんはコレやっていいよ」
 そう言ってカペラから渡されたのは線香花火だった。
「おい、もっとあるだろ違うの?」
「こっちはテイト兄ちゃんとやるから」
 結局強引に線香花火を押し付けられた。
「いいじゃないですか線香花火。ワタシは好きですよ。そうだフラウさん競争しましょう。長く残った方が勝ちですよ」
「お、いいね〜。で、何賭ける?」
「先に落ちた方が後片付けをするなんてのはどうです?」
「よ〜しっ!乗った」
 フラウは花火を手にするとロウソクの火を点けた。



「綺麗だけどやっぱ地味だよな〜線香花火」
 ちりちりちりちり……
 結局勝負はフラウが負けた。『では、遠慮なく、先に休ませてもらいますよ』とマツさんは家の中へと引っ込んだ。『火の始末はくれぐれもよろしくお願いしますよ!』としっかり付け加えて。
 後に残ったフラウは残りの線香花火に火をつけた。
 ちりちりちりちり……ぽたっ
「ああ!」
「へたくそだなフラウ」
 何度やってもすぐに牡丹を落としてしまうフラウにテイトが見かねて声をかけた。
「じゃ、オマエやってみろよ」
「いいよ」
「僕も!」
「あまり上を持たない方がいいんだよ」
「そうなのか?」
 テイトは中ほどを持つと火を点けた。
 ちりちりちりちり……
 3つの花火は同時に松から柳へと変化した。
「綺麗だね〜」
 カペラが小さい火花にうっとりした表情を浮かべた。
 パチパチ……ぽたっ
「もっかい!」
「OK!OK!」
 フラウが花火を手渡した。
 再び花火に火を点けると変化する火花に魅入った。
「子供の頃、よくこうやってウメさんとマツさんに遊んでもらったんだ」
 子供の頃を懐かしむようにテイトが微笑んだ。
「じゃ、マツさんはテイトの線香花火マスターかよ。さっきの勝つ自信アリアリだったんだな! くそっ! ああっ」
 またもフラウの牡丹が落ちた。
「フラウは邪念が多すぎなんだよ」
 テイトはクスクスと笑った。
「フラウ兄ちゃん、もっと丁寧にやって!」
 カペラにも怒られフラウは苦笑いを浮かべた。
 ちりちりちりちり……
 テイトが花火に魅入る様子をこっそり盗み見た。
 火花に照らされた顔には昔の面影はあるもののやはりどこか大人びた感じだ。これといって違わないのだが雰囲気だろうか?
「フラウ……花火見ろよ!」
 テイトはまたかと嫌そうな顔をするも当然耳まで真っ赤だ。花火の明かりだけでは頬の色まで判断できないがテイトが真っ赤だとういうのは想像が付く。
「これが最後だぞ」
パチパチ……ぽた
「あ〜あ、終わっちゃった」
 カペラが淋しそうに溜息を突いた。
「また、買ってくるさ。明日だって明後日だって夏休みの間、ずーっとできるぞ」
 フラウはそう言ってカペラとテイトの頭をガシガシ撫でた。
「ボサボサになるって! フラウっ」
「明日もやる?」
「ああ、だから片付け手伝え!」
「うん!」
 カペラが満面の笑みを浮かべた。それとは対照的にテイトの顔は淋しげだ。
「どうした? テイト」
「なんでもない。夏休みが終わらなきゃいいのにって思っただけ」
 テイトは立ち上がって伸びをした。
「さ、片付けるか!」
 フラウを見下ろすテイトの顔には淋しげな表情はすでに無くいつもの凛とした顔に戻っていた。
「テイトも手伝ってくれるのか?」
「明日も花火やりたいからな。花火代、フラウが出せよ!バイト代で!」
 そう言うとくすくすと笑った。
 テイトの笑顔が眩しくてフラウは顔が熱くなった。
「やべっ」
 テイトの赤面症がうつったか? フラウはテイトに気付かれないようにと顔を背けた。





END


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