花火
「ああ、ダメだ。全然前に進まねーよ……」
 フラウは耳にあてた携帯電話に話しかけながら目でオレから離れるなとテイトを睨みつけた。
「無理、これ以上。ああ、ここに居るから帰りに合流で。OK! テイト? 一緒……大丈夫だから……」
 会話を終えると携帯を折り畳みポケットへと仕舞った。
「ここに居ろって。カペラは親父達と一緒だ」
「……」
「何?」
 テイトはフラウの顔を睨みつけた。
「ワザとだろ?」
「そんなわけあるか? それに余所見して逸れたのはオマエだろ! オレはテイトの後ろに付いていたんだからな」
「……今からで追いかければ……」
「この人混みだぞ!」
 フラウは不貞腐れたテイトを宥めるように頭に手を置くと「ここからでも花火は見れるさ」と言って微笑んだ。


 元はといえば「花火を下から見たい!」と言い出したカペラの一言から始まった。別荘の庭からも良く見えるのにわざわざ込み合ったところで見るなんてとんでもないとフラウは思ったのだが、両親は面白そうだとノリノリで桟敷席もしっかり予約してしまった。
 込み合う前に会場へ向かおうと少し早めに別荘を出たが時既に遅し。ビーチロードは既に人の川と化していた。テイトはカペラを肩車した父親の後ろに付いていたのだが人の波が視界から父親の背中を消してしまった。慌ててカペラの姿を探したが結局見つからなかった。「すぐ合流できるさ」とフラウが携帯で電話するものの中々繋がらずテイト達は追うのをあきらめ、人混みを避けて砂浜に出た。そろそろ花火が打ち上げあれるかというところでフラウの携帯が鳴った。



「まあ、帰りに合流ってことになったから、オレ達はここから鑑賞しようじゃないか」
 そう言うとフラウはドサッと砂浜に腰を降ろした。
「そんなとこに座ったら砂だらけになるぞ」
 テイトがむくれて言うとフラウはニヤリと笑った。
「じゃ、テイトはオレの上に座るか? それなら砂は付かないぜ」
「……」
 テイトは呆れた溜息を突くとフラウの隣に腰を降ろした。
「今頃は桟敷席でお重広げてる頃だろうな。腹減らないか? テイト」
 母親がお手伝いのオタケとせっせと作っていた弁当箱は運転手の梅蔵と庭師の松吉が持っていた。小分けにして自分も手に下げてれば夕飯にありつけたのだが……フラウの脳裏に鶏の唐揚げが浮かび上がる。それとビールがあれば言うことなしだったのにな。溜息の代わりにぐーっと腹が鳴った。
「ぷっ。なんだかんだ言って、フラウも楽しみにしてたんだ」
 テイトが浮かない様子のフラウを見て嬉しそうに笑った。その笑顔にしばし見惚れてからフラウは口を開いた。
「そりゃー、久々の家族イベントだからな。オタケさんの手料理は美味いし」
「結局、食い物じゃないか!」
「ああ、腹が減ったんだよオレは! その辺の屋台で何か買ってくるか?」
 フラウは通りを見渡すとやきそばの文字が目に入った。
「オレは要らない。帰ってから食べるよ」
「んじゃ、オレもそうすっかな……あ〜あ」
 フラウは溜息を突いて反り返るとそのまま横になった。
「フラウ! 砂が付く!」
「もう、いいよ付いても! おおっ」
 ちょうど花火が上がり閃光が辺りを照らした。近くで歓声が上がり、ドドーッン!と花火の音と共に更に賑やかになった。
「この方が良く見えるぜ」
 フラウが誘うようにテイトの方に腕を広げた。テイトはその腕を丁寧にフラウに戻して同じように横になった。
「なんだよせっかく砂が付かないようにオレの二の腕を貸してやろうと思ったのに」
「別にいいよ」
「遠慮すんなって」
「ああ、もう煩い……綺麗」
 そんな会話をしている最中も絶え間なく花火が上がる。青い光が夜空に広がるとテイトは目を見開いて呟いた。
「カペラ見てるかな?」
「別荘から見るのとこうやって見上げるのとじゃ、やっぱり迫力が違うな」
「うん」
 大輪の花が次々と夜空を彩る。フラウはそっと隣に居るテイトの顔を見つめた。花火の放つ光によってテイトの整った輪郭が浮かび上がる。フラウの視線に気付いてテイトの頬がほんのりと色づいた。
「フラウ……花火を見ろよ!」
「気にするな。オレ流の楽しみ方だ」
 そう言うとニヤリと笑った。
 一際大きな花火が上がった後、テイトの視界が暗くなり唇に何かが触れた。
 唇はすぐに離れフラウは何事も無かったかのように夜空を見上げている。
「フラウっ!」
「誰も気にしちゃいねーよ」
 オレが気にする! とテイトは真っ赤な顔で抗議するように睨みつけるがフラウはどこ吹く風といった様子で花火を見ている。
 テイトは腹いせにフラウの足を蹴っ飛ばした。
「いてっ。たく、少しは大人しく花火を見ろよ」
 オ、オマエが言うな! テイトは心の中で毒づくと花火に集中しようと空を見つめた。
 色取り取りの火花が次から次へと夜空を彩る。さっきまでそれらを夢中になって見てたのに今は隣のフラウを意識している。再びフラウの視線を感じて振り向く。
「花火を見ろよ!」
 テイトが言うとフラウは「オマエもな!」と言って笑った。
 その笑顔につられてテイトも吹き出した。
 ドーンッ!
 二人の視線を取り戻そうと花火が次から次へと打ちあがった。
 今夜の主役はワタシなのよ! そう主張するかのように






END


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