お昼寝
 この別荘にはエアコンという一般家庭には最低でも1台はあると思われる必須家電が無い。建物自体、風が通り抜ける構造になっているし建物の周りには樹齢何十年とおもわれる木が何体も植わっている。しかし、このところの熱帯夜はさすがのこの家でも気温が上昇した。
「ふぁ〜」
 この夏一番の猛暑日をたたき出した昼下がり、フラウは大きな欠伸をするとゴロンと横になった。
 寝不足の原因は寝苦しい夜のせいだけではないのだが……フラウはテイトの寝顔を思い出し一人ほくそ笑んだ。
 休暇でこの別荘に滞在している親の目を盗んで何とかテイトに接近しようと試みるが当のテイトから避けられ、いまだ手も握れない状況だ。夜ならば離れのこの部屋でテイトと二人きりになれるだろうと期待していたのにカペラがフラウの計画を見事に阻止している。
『カペラ、久しぶりにママのところで寝たらどうだ?』と、猫なで声で言ってみるが『何言ってるのフラウ兄ちゃん!もうそんな子供じゃないんだよ、僕!』と逆に怒られてしまった。そんな訳で、今も兄弟仲良く川の字で寝ている。せめてテイトの隣でというフラウの願いを知ってか知らずが『カペラ真ん中な〜』とテイト自ら寝場所をセッティング。フラウは言われるがままカペラの隣で眠る日々だ。
 それでもテイトの寝顔が間近で見れるだけで十分幸せ気分なのだが……
 フラウはこの数日、何とも言いようのない幸福感に満たされている。こんなに心が楽になるならもっと早くにテイトに伝えておけばよかったと思う反面、今だから今の自分とテイトを受け入れられたのだろうとも思う。
 本心に蓋をして兄としてテイトと接することが難しくなった時、自分からテイトと距離を置いた。テイトに触れることが出来ず、ならば顔を合わせまいと離れていた間、実はテイトも淋しい想いをしていたのだと思うと一層テイトが愛おしい。
 これまでの分も甘えさせてやらないとな……
 フラウは可愛い、可愛いとテイトを抱きしめる自分を想像するが激しく拒否するテイトの図に挿し変わった。
 おかしい? そういえば甘えられてないような……自分の腕の中でウットリした顔のテイトが見れる日が果たして来るのだろうか? フラウの思考に一抹の不安が過ぎった。



 テイトが離れの和室に入るとゴロンと横になったフラウの背中が見えた。寝てる? テイトはそっと近付くとフラウの顔を覗き込んだ。寝てる……フラウの寝顔にテイトの顔が思わず綻ぶ。テイトもゴロンと横になりフラウの寝顔を見つめた。起きていると近くに居られないないけど寝ているなら大丈夫だ。『オレはトラかライオンか!』なんていうフラウの顔を想像して込み上げる笑いを噛み殺した。あの腕が懐かしくて子供の頃のように甘えたいのにどういう訳かできずにいる。あの頃は純粋に兄と弟として慕っていたが今は違う。あの腕の中に飛び込めば漏れなくオプションが付いてくるだろうと、しかもそのオプションがどういうものかも想像が付く。そして何より、そんな想像をしてしまう自分自身が恥ずかしくて居た堪れないのだ。
 テイトはギュッと目を瞑り頭の中のよからぬ妄想を払い出そうとした。



「う〜んっ」
 何時の間に眠ったのだろう。フラウは大きく伸びをすると目を開けた。
「ワッ」
 あろうことかテイトが自分の隣ですやすやと眠っている。これは夢の続きか? 夢ならばありがたく頂くとしようかとフラウは厚かましくもテイトに顔を近づけた瞬間、パチッとテイトの眼が開かれると、ビシッと平手打ちをくらった。
「いきなりかよっ!」
「あっ。フラウ、ゴメン。つい反射的に」
 テイトは本当に申し訳なさそうに俯いた。
「いや、ナイス!反射神経だ!」
 それでこそ、オレのテイト! と、フラウは今の一撃で夢から完璧に現実に戻った。
「どうやら寝てたみてーだな」
 フラウは半身を起こすとテイトに笑いかけた。
「オレも寝てた……」
 何時の間に寝たのだろうとテイトは小首をかしげている。
「なんで、オレの隣に寝てたんだ?」
「う、煩い。ほっとけ」
 フラウは瞬く間に真っ赤になったテイトの顔をニヤニヤ笑いで見つめる。この顔は明らかにマイナスイメージだと解っているのだが顔が緩むのを抑えられない。
「テイト…」
 テイトの腕を掴むと懐へと引き寄せた。すんなりと納まったテイトはもっと抵抗するかと思ったのだが珍しく大人しい。まさかコレも夢? テイトの唇に近付こうとしたところで顔を抑えられた。やはり現実。
「まだ、ダメなのか?」
「む、無理!」
 そう言うテイトの顔は涙目だ。おそらく本当に嫌がっているわけでは無いのだろう。自分でも素直になりたいのだが行動が伴わないのだ。段々とテイトの状況が読めるようになってきたフラウはこのテイトの反応を楽しむことにした。テイトから自分に飛び込んで来るのをじっくり待つとしよう。って、待てるか! ギュウ〜〜〜ととテイトを強く抱きしめる。
「フ、フラウ? もう、離して……」
「もう少し……」
 フラウはテイトの額に唇を押し当てた。オレがどれ程オマエを好きか、いいかげん解れ! そう、思いを込めて抱きしめる。
 ぱたぱたぱた。
 廊下を駆けてくる足音にフラウは我に返ってテイトを開放した。と、同時に障子の間からカペラが顔を出した。
「お兄ちゃん、今夜、花火大会だって!」
 連れてけ!といわんばかりの満面の笑みを浮かべている。
「カペラはいつもベストタイミングだな!」
 そう言うとフラウはカペラの頭に手を置いた。
「?」
 カペラは不思議そうにフラウの顔を見上げると「えへ」と笑顔を返した。
「テイト兄ちゃん、オデコどうしたの?」
「え?」
「ココ」
 そう言うとカペラはテイトの額を指差した。ちょうどフラウがキスをした箇所だ。
「虫に刺されたんだ! カペラ痒み止め!」
 テイトは慌てて額を押さえた。
「持ってくる!」
 そう言うとカペラは駆け足で母屋の方へと消えていった。
「オレは虫かよ!」
 そう言うとフラウは笑い出した。テイトもおかしくて噴出した。そもそも……
「フラウがオデコばかりにするからだろ!何、痕付けてんだよ!」
 思い出したとばかりにテイトの笑顔が一瞬で真顔に戻った。
「オデコばかりって言うほどしてないぜ!」
 売り言葉に買い言葉とばかりにフラウも言い返す。
「痕付けんなって言ってんだろっ」
「だったら口にさせろ!」
 テイトの顔が近付き唇にぶつかった。
「何?」
「キ、キス!」
 そう言うテイトの顔は真っ赤だ。
「今のがか?」
「悪いか?」
「オマエ、ムードってものが……」
 まあ、いい、テイトらしいと言うべきか……
 キスってのはこうするんだとフラウはテイトの肩を抱こうとしたところで「テイト兄ちゃん、持ってきた!」と、勢い良くカペラが入ってきた。
 なんと、まあ、タイミングのよろしいことで……フラウは肩を落とすと両手を挙げた。
「さ、花火大会に出かけよ!」
 テイトは何事も無かったかのようにカペラに笑いかけた。
「わーい!」
 カペラはテイトの手を握ると母屋へと引っ張って歩き出した。
「は〜」
 二人の後姿を見つめながら、あの調子じゃ先が思いやられるな……とフラウは一人溜息を突いた。


 まあ、いい。キスはキスだ!
 フラウはテイトの唇が触れた(ぶつかった)唇にそっと手を当てた。顔は当然緩んでいる。自分の締りの無い顔を自覚して引き締めようとするが返って変な顔を作っていたらしい。前を歩く二人が振り向いてクスクスと笑い出した。






END


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