スイカ
「フラウ、スイカ切ったー」
 テイトは母屋と離れを結ぶ渡り廊下から大声でフラウを呼んだ。が、離れからはなんの返事も返ってこない。
「まったく」
 仕方なく廊下を渡って離れの和室へと向かった。夏休み前半はテイトやフラウの友人達で大賑わいだった屋敷も彼等が去った今は本来の静けさを取り戻した。が、庭の木々に集るセミの鳴き声が激しくなり縁側や廊下で呼ぶ声はかき消される。
「フラウ、スイカ切った……。出かけるのか?」
 テイトが和室に入るとフラウは身支度を整えていた。
「ああ、これから監視のバイト」
「今日からか」
 テイトはフラウが夏の間は海の監視のバイトをすると言っていたのを思い出した。
「スイカ食べてけよ」
「もう、時間ないから」
 フラウは自分の肩下ぐらいに来るテイトの頭に手を乗せた。
「カペラ連れて海に遊びに来いよ」
 そう言うとニコッと微笑む。テイトは自分へ向けられる笑みに毎度のことだが耳から首まで真っ赤になり言葉につまった。
「ス、スイカっ」
 ぐらい食べて行けばいいのに……と言葉を続けるより先にフラウの顔が近付きテイトの口の端をペロッと嘗めた。
「な、何する」
「おお、甘いな」
 嘗められた箇所を手で拭うテイトに「帰ったら食べるから残しといて」と言葉かけて、フラウは部屋を出て行った。
「……」
 部屋に一人残されたテイトは顔を真っ赤に染めてその場にしゃがみこんだ。
「びっくりした」
 そう呟くとぎゅっと自分の両肩を抱きしめた。そうすれば早まる鼓動が少しでも正常に戻るかと思ったのだが一向に納まらなかった。


「あら、テイト、フラウは?」
 母屋に戻るとカペラと並んで縁側に座ってスイカを頬張る母親に声をかけられた。
「バイトだって」
 カペラの隣に腰を降ろすとスイカに手を伸ばした。
「あら、テイト、熱でもあるの? 顔が赤いわよ」
 ちょうど同じようにスイカに手を伸ばした母親が、訝しげに眉間に皺を寄せた。
「大丈夫」
 テイトは慌てて返すとスイカに齧り付いた。
「あーそー。ふふふ」
「何だよ?」
「別に……」
 母親の意味深な含み笑いに動揺する。
「僕がお兄ちゃん達を仲直りさせたんだよ」
 カペラが母親に向かって胸を張って言うのをテイトは「余計な事は言わないでくれ」と祈る気持ちで見守った。
「そう、仲直りしたの? 良かったわね。テイト」
「何でオレ!?」
「だって、ねぇ〜」
 そう言うと母親はクスクスと笑った。その笑い方はどことなくフラウに似ててやっぱり親子だなと思うのと同時に母親の感の良さを心配した。
「別に母さんは気にしないわよ〜。兄弟が仲良くさえいてくれれば。家族が平穏無事で居られる事がなによりだもの。ねぇ〜」
「ねぇー」
 カペラも母親と顔を合わせると一緒になって首を横に傾けた。
「……」
 これ以上、詮索されまいとテイトは夢中でスイカを頬張った。
 普段は顔に出ることはないのにフラウの事となるとどうしてこうも悟られやすいのか。フラウをフラウと思わずカボチャかトマトだと思って接しよう……我ながらいい思い付きだとほくそ笑みながらテイトは口の端に付いたスイカの汁を手の甲で拭うとフラウの舌の感触を思い出した。途端に顔が赤くなる。
「やべー」
 再び紅潮し始めた顔を意識して思わず呟く。
 きっとこのスイカと同じぐらい赤いかもな……
 テイトは手にしたスイカを見つめると溜息を突いた。




END


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