※フラテイではありません! コクヨウ×シュリです! ※シュリ視点

ホントの気持ち

「あ……忘れてた」
 軍服のポケットに手を入れると指先が小さい包みに触れた。今朝、出掛けに部屋に届けられたそれはポケットに無造作に突っ込まれ、業務が終わる今の今まですっかり忘れ去られていた。差出人の欄に書かれた名前は実家の使用人。中味はたぶんチョコレート。毎年、よく律儀に送ってくるものだと感心するが感動はしない。どうせ義理だろ? 義理! 使用人としての義務を果たしてるに過ぎない。
 終了の時間になると、誰もがオフィスを早く出ようと帰り支度を始めた。皆、デートの約束でもあるのだろう。軍人が女に現を抜かすなんて甘ったれもいいところだ。シュリは自分では冷ややか、なつもりの視線をいそいそと帰る同僚等に向けた。
 徐にポケットの中の包みを取り出すと机の上に置いた。自室に戻ってから開けるつもりだったが、夕食前の空腹をチョコレートで補うのもいいだろう。
「あれ? チョコレート貰ったの?」
 突然、声をかけられ、ドキッとした後、声の主にビクリとする。顔を上げるとヒュウガ少佐がシュリを見下ろしていた。常に口元は笑っているが色眼鏡の奥の眼はたぶん笑ってはいない。普段は定時の鐘と共に風のように居なくなるのに、迂闊だった。やはり部屋で開けるべきだった。今更後悔してももう遅い。シュリは詮索されるのが嫌で「ええ、まあ」と曖昧な返事を返した。少佐は離れる様子も無く、ただ、ジッと机の上の包みを見つめている。
「あの、少佐?」
「ん?」
「帰らないのですか?」
「帰るよ。それより、それ早く開けてよ、中味気になるから」
「は、はい……」
 気になるのかよ!
 仕方なく少佐の視線を感じながらシュリは包みを広げた。リボンの掛かった箱と一通のカード。
 少佐が「ヒュー」と口笛を吹いた。マジでどっか行ってくれないだろうか……
 リボンを解き箱の蓋を取ると中にはトリュフが4つ入っていた。入れられた当初は綺麗に並んでいたのだろう。今は長旅とポケットの中の振動で箱の中で無造作に転がっていた。
「すごい高そうなチョコレートだね」
「そうですか?」
 高価か安価かシュリは考えたこともなかった。そのチョコレートはオーク家お抱えのショコラティエが作ったものだ。
「一個頂戴!」
「いいですけど……」
 ホントは良くない! 猛烈に拒否したいとこだが、相手は上司だ、そう言うわけにはいかない。
「どうぞ」
 シュリはすっと箱を前に差し出した。
「ありがとう」
 少佐は一つ摘み上げると口の中へ放り入れた。味わうようにゆっくりと口を動かす。口の中のチョコレートが解けて無くなってもなお味わうように目を瞑って。と、突然少佐が大声を上げた。
「美味しい! 何コレ! どこのチョコレート? お店紹介して」
 美味しいのは当たり前だ! シュリの好みを熟知したショコラティエによってシュリの為だけに作られたチョコレート。その味は繊細で奥深い。
「少佐、すみません、そのチョコレートはどこにも売ってないです」
「え? そうなの?」
「ウチの執事が作って寄越したんです」
 どこかの誰かに本命チョコを貰ったと、そう思わせておけば良いのに、少佐がチョコレートを褒めてくれた事が誇らしくなり、本当の事がシュリの口を突いて出てしまった。
「ああ、オーク家の執事? でも、こんな美味しいトリュフ作れるなんて、普通いないでしょ! さすがオーク家だね!」
「ええ、まぁ、ショコラティエでもありパティシエで……」
「ええ!? ホントに? じゃぁ、他にも作れる? リンゴ飴とか……」
 チョコレートの感動と菓子への情熱を熱く語る少佐に適当に相槌を打ちながらシュリはこっそり添えられたカードに目を通した。カードの内容はいつもと同じ。自分の体調への気遣いと心身の心配等がつらつらと小さい文字で書かれている。そんなに書くことがあるならこんな小さいカードじゃなくて手紙にすればいいのに。
 小さい文字を連ねた後、最後の一行だけ大きくはっきりと書かれている。察するに一番最初に書いた言葉。
『お帰りを心待ちにしております』
 そう締めくくられた最後の一文がシュリの胸をギュッと締め付ける。
 バレンタインチョコレートに添える言葉かよ!
 本当は解ってる。義理ではなく本心からチョコレート贈ってくれてるって。使用人が主への忠義だけで書いてるわけじゃないって。ヤツは本気で自分を心配して大事に思ってくれる。
「ねぇ!」
 少佐の声で我に返った。
「キミ、こんど実家帰ったらオレにも作ってくれるよう頼んで貰えないかな? お金も払うよ」
「はぁ、いいですけど……良かったら、これ、全部さしあげます」
「え!? 悪いよ、いいよそんな……」
「いいんです。貰って下さい。それより、あの、明日、有休頂いてもいいですか?」
「え?」
「ちょっと、寒気が、もしかしたら流行り病かも」
「え?」
 素っ頓狂な声と共に少佐は1.5m程シュリから飛びのいた。その手にはしっかりとチョコレートの箱が握られている。
「わかった! じゃ、病欠にしておくから」
「ありがとうございます!」
 手早く帰り仕度を済ませると部屋を飛び出した。
 自室にすら戻らずそのままパーキングへ。自分用にカスタマイズした私用のホークザイルに跨った。
 別にメッセージを見たから帰る訳じゃない、チョコレートを上司に食べられたから……
 逸る気持ちを抑えつつ、シュリは帰宅理由を考えた。
 会いたいから……
 素直にそう伝えられたらどんなに楽か。
 グンっと高度を上げたホークザイルの上で自然と口元が綻ぶ。
 早く会いたい。




「連絡を頂ければお迎えに上がりましたのに」
 シュリの急な帰宅にコクヨウは一瞬目を見開いたがすぐに笑顔に変わった。
「コクヨウ、チョコレートはまだある?」
「は?」
「オマエがくれたチョコは上司に全部食べられた。だから僕はまだチョコレートを一つも食べてない! コクヨウ、チョコレートはまだある?」
 シュリの言葉にコクヨウの顔が曇った。部署で上司に辛く当たられてるとでも思ったのだろう。
「一つおすそ分けしたらあまりにも喜ぶから全部差し上げたんだ。少佐はもっと食べたいそうだ。是非自分の分も作ってくれと頼まれた」
 コクヨウの顔に笑顔が戻った。
「そうでしたか。チョコレートはまだありますよ」
 とても嬉しそうなコクヨウの笑みに釣られて崩れそうになった顔をシュリは慌てて引き締めた。
「外は寒かったでしょう? 一緒に熱いベルガモットティーをご用意しましょう」
「ああ、頼む」
「かしこまりました」
 コクヨウは一礼すると部屋を出て行き、数分後にはチョコレートと紅茶を持って戻って来た。
「シュリ様のお口に合いますか?」
「ああ」
 チョコは想像通り美味しかった。ヒュウガ少佐の様に感激する程の事ではないが、やはり自分好みのチョコだと思う。なんてたって自分の為のチョコなのだから……
「夕食の準備が整うまでお寛ぎ下さいませ」
 そう言って立ち去ろうとするコクヨウを慌てて引き止める。
「待って」
「シュリ様?」
「あのさ、コクヨウ」
「はい?」
「バレンタインデーのチョコって好きって気持ちを込めて贈るって知ってた?」
「知ってますよ」
「じゃぁ、コレは? これにもそういう意味があんの? だったらコクヨウは僕のこと好きってことだよね?」
 コクヨウの上着の裾を握り締めて顔色を窺う。そこにはいつもと変わらない笑顔があった。
「もちろん好きですよ。シュリ様が子供の頃からお慕いしております」
「そうじゃ、なくて……」
 コクヨウのどこか一線を引いた物言いがもどかしい。聞きたいのは執事としてではなくコクヨウ自身の本音だ。
「これからもずっとお傍におりますよ」
「もういい!」
「シュリ様?」
「そんな上っ面な台詞、聞き飽きたよ。それもこれも全部執事の仕事なんだろ! 少しでも期待した僕が馬鹿だった! どんなに僕がコクヨウを好き」
 好きでも、そう言おうとしたシュリの唇をがコクヨウの唇が塞いだ。
「!?」
 一瞬の出来事で状況が飲み込めない。
 温かい、そう感じて自分がコクヨウの腕の中に居ると気が付いた。
 コクヨウに抱きしめられてるの? コクヨウ、僕にキスしたの?
「好きですよ。そう言っているでしょう?」
 唇を離してそう言ったコクヨウの顔に笑顔は無かった。コクヨウ怒ってる?
「ずっとお傍に居ると申し上げたでしょ?」
「コクヨウ、僕の事、本当に好きなの? 僕が言ってるのは、その……」
 言葉が続かない。自分がコクヨウに求めている事ははっきりしているのに。
「ええ、好きですよ」
 再びコクヨウの唇が押し当てられた。コクヨウの腕の中で、シュリは嬉しいような恥ずかしいような、自分の願望する想像の中に居るんじゃないかと錯覚した。
「これでわかって頂けましたか? 私がシュリ様をお慕いしているという意味を」
「う、うん。……ねぇ、これって恋人として? 僕、コクヨウが好き」
 スッとコクヨウの手が伸びてシュリの唇に人差し指を立てた。
「主が使用人にそのような事を言ってはいけません」
 コクヨウの眉間に皺が寄ってる。僕がコクヨウを困らせた時に良く見せる顔だ。
「言ってる意味がわからないよ。コクヨウ、僕の事好きって言ったじゃん」
「私は良いですが、主が一介の使用人に恋人だの好きだのと言ってはなりません」
「どうして?」
「わきまえてください」
「僕は好きって言っちゃいけないの?」
「なりません」
「不公平じゃん、そんなのおかしいよ! 小さい頃は好きって言ってもそんなこと言わなかったじゃんか!」
「子供の頃と現在では意味合いが違うのでしょう?」
「そうだけど」
 でも、違わないのかもしれないとも思う。子供の頃からコクヨウが好きだった。だからミカゲに嫉妬した。自分の兄貴だというミカゲの態度が気に入らなかった。ずっと前から僕はコクヨウが好きだったんだ!
 そう伝えたい! コクヨウを昔から好きだったんだと。自分が口にした好きという言葉の意味は小さい頃から変わってなんかいない! でも、それが問題じゃないこともシュリには解ってる。
「わかった。もう、いい」
 自分の気持ちを伝えてはならない。主と使用人だから。コクヨウはそれを解らせる為にキスをしたのだ。
 コクヨウにキスされてシュリの気持ちは高揚したが、そう理解すると一気に冷めた。自分を諦めろ、そう伝えたいのだ。
 素直に自分の気持ちを伝えられたら楽になると思ったのに、それすら叶わない。締め付けられるように胸が苦しい……。
 シュリはコクヨウから離れようと、掌をコクヨウの胸に押し当てた。
 もう、いい。諦めるから。コレまでと変わらず主と使用人だ。
「うう」
 口から漏れた嗚咽に自分が泣いていたのだと気付く。コクヨウの掌がそんな自分を宥めるように髪を優しく撫でる。涙は止まるどころか流れ落ちる一方で、コクヨウの上着の胸の辺りに大きな染みを作っていった。



「シュリ様はただ命令すれば良いのです」
 一頻り泣いてようやく落ち着いた僕の耳元でコクヨウが優しく囁いた。
「命令?」
「ええ」
 コクヨウの言葉に顔を上げると眉間の皺が取れ、いつもの笑顔に戻っていた。
「いつも私に言っているじゃないですか『コクヨウ、服を着せて!』とか『コクヨウ、ブーツと靴下脱がして!』とか」
 そう言ってコクヨウは笑った。
「軍人になったというのに相変わらず幼稚で我侭な命令だと正直呆れておりましたが」
「呆れてたのか?」
 確かに単なる我侭だ。でも、ブーツの紐を解いて膨張した足を抜くのは一苦労なのだ。
「決して、嫌ではありませんでした。むしろ、シュリ様が私に我侭を言ってくださるのが嬉しい。この先、シュリ様がそれらを上回る我侭、失礼、命令を申し付けてもコクヨウは喜んで承ります」
 ニコリというよりニヤリといった笑みを浮かべたコクヨウの眼の奥が鈍く光る。笑顔の質がこれまでと明らかに違う。
「命令?」
 シュリの頬が再び紅潮した。
「なんなりと」
 あと数ミリで鼻先が付く。それ程近くにコクヨウの顔があった。シュリは目を瞑ると「コクヨウ、キスして」と命令した。
「かしこまりました」
 コクヨウの唇が自分のと重なる。直に離れるかと思いきや薄く開けた唇からコクヨウの舌が堂々と進入してきた。
「んん……」
 コクヨウにの舌は歯列をなぞったり、舌を絡ませたり口腔を散々かき回して、最後にシュリの舌を吸うとようやく唇が離れた。
 キスに酔った。まさにそんな感じで頭がボーっとする。でも、足りない。もっと、もっと……
「ご満足頂けましたか?」
 ブンブンと首を横に振る。
「全然足りない!!!」
 次の瞬間、体がフワリと浮いてベッドに着地した。上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めたコクヨウがシュリに覆い被さる。パリッとしたシャツにネクタイをキッチリと絞めたコクヨウしか見たことが無かったシュリには、その姿は新鮮というより驚きだった。
 こんなコクヨウ、初めてだ。
「コクヨウ」
「お嫌なら、止めろとご命令を」
 喉がゴクッと鳴った。
「……続けろ」
「かしこまりました」
 首筋を這う舌の感触にゾクリと体の奥が痺れた。
「コクヨウ、コクヨウ」
 好きという言葉は飲み込んで、ただ想い人の名前を呼び続ける。
 言わなくても伝わってる。その証拠に「私もですよ」と答えが返ってきた。



 目が覚めたら、真っ先に目に飛び込むコクヨウの寝顔を期待したが、案の定、部屋にコクヨウの姿は無かった。体は綺麗に拭かれ、着替えまでしてあった。多少の物足りなさを感じて、次の命令は自分が目を覚ますまで起きるなにしようか、などと真剣に考えていると「トントン」と部屋にノックの音が響いた。
「おはようございます。シュリ様」
 朝の挨拶と共にコクヨウが部屋に入ってきた。手にはシュガートーストと紅茶の乗った盆を持っている。
「良く眠れましたか」
「うん」
 ティーテーブルにお盆を置くと上掛けを手に僕に近付く。
 顔をつっと上げると自然に唇が重なった。コクヨウの腕がシュリを包み込む。
「体は痛くありませんか?」
「うん。平気」
 コクヨウは抱きしめたままいつまでも離れない。
「コクヨウ。どうかした?」
「いいえ、別に。ただ、ずっとこのままでいたいと」
 そう言ってコクヨウは溜息を吐いた。
「シュリ様と体を重ねたら、これまで以上に離れているのが辛くなると、覚悟はしておりました」
 そう言ってコクヨウが切なそうに微笑んだ。まさか、コクヨウの口からそんな弱音を聞くとは思わなかった。オーク家に忠実で坦々と業務をこなす優秀な執事。それが、一晩で恋人と離れるのが辛いと本音を零す駄目な大人に変わってしまった。原因が自分だというのが、また気分がいい。
 昨夜のコクヨウの言葉に、一時突き放されたと思ったシュリだが、主従関係を上手く使えということらしい。
 コクヨウもまた自分を好いてくれている、今はそう実感できる。
「僕、軍人辞めちゃおうかなぁ〜」
「そ、それはなりません! シュリ様」
 慌てた顔のコクヨウに思わず噴出した。
「冗談だよ。僕、これでもあの部署、気に入ってるんだ。もう、パパのコネが無いからこの先どうなるかわからないけど。軍人は続ける。でも週末はコクヨウ、迎えに来て!」
「ご命令とあらば」
 コクヨウが例の微笑を浮かべた。瞳の奥が鈍く光る。

「命令だよ! もちろん!」
 シュリはそう言うと、挑発的なコクヨウの笑みに挑むように微笑んだ。


end

自己満足のコクシュリでしたが、みなさまの反応次第で大人シーン付きSSを書くかもしれませn

※07-GHOSTサーチ様よりお題お借りしました。→07-GHOSTで20(+10)のお題.