※テイト視点、兄弟設定。


ホットチョコレート


 週末、これといって予定も無かったオレは久しぶりに帰省した(といっても1月半振りだが)。
 家族揃って夕飯を囲み、風呂にも入って後は寝るだけ。なのだが、フラウの部屋のソファでマンガ本を読み漁っている。部屋の主は不在だ。
「テイト、ホットチョコレート飲むか?」
 フラウがマグカップ片手に部屋に戻ってきた。
「飲む!」
 フラウからマグカップを受け取ると口へと運んだ。
 うん、美味しい。フラウが『母親仕込みだ』と得意気に入れるホットチョコレートは市販のココアとは一味も二味も違う。
「よいしょ」
 フラウはオレを軽々と持ち上げると背後から抱え込む形で座った。
「おい!」
 何を勝手に! とギロリと睨みつけるとフラウはニヤリと笑った。
「オレの事は気にするな。オマエはホットチョコレート飲んで温まってろ! オレはオマエを抱っこして暖まる」
 そう言って、フラウがなんてことないって顔をするからオレも怒るのがバカらしくなった。
 あの夏以来これといってフラウとの関係は進展していない。正月もフラウからのアクションは無かったし、精々あってもキスぐらい……。それ以上のことは……。あっても困るけど……。今の関係に不満は無いが多少の物足りなさを感じなくもない。
「はぁ〜」
 そんなことを考える自分自身に嫌気がさして溜息が零れた。
「どうした?」
「別にー」
 こうやってフラウに体を預けてるだけでもオレにとっては大きな進歩だ。数ヶ月前は手すら握れなかったのだから……。今でもたまに夢なんじゃないかって思うことがある。今がまさにそうだ。気の無い素振りを見せてはいるが内心では嬉しくて仕方が無い。
「美味いか? それ」
「うん」
 オレが小さく頷くとフラウは嬉しそうに微笑んだ。フラウの両腕はオレの体にしっかりと巻き付いて、本当ににオレで暖まってるみたいだ。
「寒いのか?フラウ」
「いや。暖かいよ……」
 オレの耳元でフラウの心地いい重低音が響く。今日のオレはいつもより素直にフラウに甘えられている気がする。非現実的な感じで……
「夢みたいだな」
 オレが内心思っていることをそのままフラウが呟いた。
「こうしてオレの腕の中にオマエが居るなんて」
「ん」
 フラウの言葉に素直に頷く。
「・・・・・」
 でも、会話は続かない。
 ま、いいか。
 ゴクン。
 オレはホットチョコレートを口に含むと飲み込んだ。
 フラウは……
 オレの手からマグカップを取り上げるとオレの目を見て照れ臭そうに笑った。
 最近はキスも自然にできるようになった……と思う。不安と期待がごちゃまぜになったようなドキドキ感は相変わらずだが、フラウの顔が近付いてきたらそっと目を閉じる……。
 目を閉じようとしたその瞬間、視界の端で何かが動いた。
「あっ!」(忘れてた!)
「ん?」(どうした?)
 フラウもオレの表情を見て何かを察したのか動きを止めた。
 フラウのベッドの上で目を擦りながらむくりとカペラが起き上がった。
「ホットチョコレート? ボクも飲む」
「居たのか!」
 そう言ってフラウはがっくりと肩を落とした。
「ごめん忘れてた」
「しょうがねーな、続きはまた今度な」
 一瞬、口惜しそうに顔を歪めたが、苦笑いを浮かべてオレの頭に手を乗せた。
 フラウはスッとソファーから立ち上がると「カペラも飲むか?」と声をかけて部屋を出て行った。
「はぁ〜」
 ホッとしたような残念なような複雑な気持ちで溜息を吐いた。
「どうしたの? フラウ兄ちゃんとまた喧嘩した?」
 溜息を吐いたオレを心配して起きて来たカペラが顔を覗き込んだ。
「はは、喧嘩なんかしてないよ」
「ホントに?」
「マジで!」
「良かった!」
 オレの言葉に安心したのかカペラが漸く笑顔を見せた。
「テイト兄ちゃん、もっといっぱい帰ってきて」
「うん」
 真剣な面持ちのカペラにやるせない気持ちになる。きっと淋しいに違いない。やっぱり家に戻ろうか?と頭を過ぎるが寮でのミカゲやハクレンとの生活も捨てがたい。やっぱり、週一ぐらいで帰ってこようか……そんな考えを巡らせているとカペラが「あのね」と言う。
「何?」
「フラウ兄ちゃんが淋しがるから」
「は?」
「ボクをダシにして『携帯にメールしろ』だの『電話してみろ』だのウザイんだ。フラウ兄ちゃん」
「はは」
 途方に暮れた感じのカペラに笑いが込み上げてくる。そっちか?
「ボクも淋しいけど」
 慌ててボクもだよ!と付け足した。
「うん、わかった。マメに帰ってくるよ」
 カペラの頭に掌を乗せると満足げに胸を張った。カチャ。カペラとの密談?が終わったところで部屋の扉が開いてフラウが入ってきた。
「おお、なんだ? 内緒話か?」
「そ、フラウの悪口」
 オレがニヤリと笑うとカペラも真似して片方の口の端を上げてニヤリと笑った。
「なんだ、カペラまで。ホットチョコレートはいらないのか?」
 フラウはマグカップをかかげて眉をひそめた。
「あ、いる!」
 カペラが両手を差し出すと「ホレ、熱いぞ」とカップを渡した。
「で、何の話だ?ん」
 そう言うとフラウはカペラの頭に手を乗せた。
「な、内緒」
 カペラはカップを取り上げられまいとフラウに背中を向けてカップの中のチョコレートを啜った。
「ふふふ」
 そんな二人のやり取りが微笑ましくて笑いが漏れる。
「なんだ?その含み笑いは」
「何でもないよ」
 オレもカペラに習って自分のマグカップを握るとフラウに背を向けた。
「なんだ、おまえら?」
「フラウの淹れてくれるホットチョコレートが一番美味しいって話」
 オレがフラウに笑顔を向けると「そっか・・・」と少し照れた笑いを見せた。
 ほんとだよ。フラウの淹れたホットチョコレートはたぶん世界で一番美味しい。
 そう言ってフラウに抱きついてキスしたいけど……
 代わりに手にしたカップに口付けた。






end



※やっぱりカペラは外せません。ヽ(=´▽`=)ノ