※テイト視点。※同級生篇。※付き合い始めて一年目のヴァレンタインデーのお話です。



 窓も無い、四角い箱のような部屋に高校生の男女8人。耳を劈くような大音響はテイトの米神をヒクつかせた。喧しいし、息苦しいし、落ち着かない! ここに来て5分と経ってないが早くもテイトは後悔した。
 部屋の隅でこっそり溜息を吐くとテイトはテーブルを挟んだ向かいの席をチラリと盗み見た。フラウは他校の女子生徒と会話が弾んでいる様子でテイトのことは眼中にないようだ。そんなフラウの態度にテイトは一層気持ちが沈み、この場から逃げ出すことばかりを考えた。いっそのことフラウを寮に連れ帰りたい! そんな衝動に駆られるが実行に移せるはずも無く、俯くと手にしたコップの中の色水を見つめた。フラウがドリンクバーから取って来てくれたメロンソーダはいつもなら美味しいと感じるのに今日は味すら解らない。


Reality such as the non-reality


 どう考えても自分はこの場で浮いている。完全なるアウェイ! でも孤独なんて苦にならない。それより……
 楽しそうなフラウの顔を見ているのが辛かった。
 意外にもフラウはカラオケ好きらしい。デートらしいこともこの一年で何度かしてきたがカラオケは行った事が無かった。きっとフラウが自分の趣味に合わせていたのだろう。
 そう、テイトはカラオケは苦手だ。今日もクラスメイトの吉田と佐藤に強引に連れてこられなければ、ここへ来ることも、こんな惨めな思いもしなかっただろう。今更、吉田と佐藤を攻めても仕方が無い。はっきりと断らなかった自分が悪いのだ。もしかすると心のどこかで自分以外の誰かと居るフラウを見たかったのかもしれない。それが、こんな不快な気分になるとは……予想してなかった。自分は本当に予想してなかったのか? 予想はしていたけど、単にフラウと離れたく無かったのだ。
 ふと、スピーカーからフラウの歌声が響いた。どうやらフラウにマイクが渡ったらしい。顔を上げるとフラウが気持ち良さそうに唄っている。フラウと視線が合うと微かに眼が笑った気がした。

 あ、この曲……

 聞いたことのある旋律はいつもフラウが鼻歌交じりに唄っている曲だった。フラウの腕の中で聞かされるこの曲と額に掛かる髪を梳くフラウの指が心地良くて、テイトはいつの間にか眠りに落ちる。テイトにとっては子守唄のような曲だ。
 無性にフラウの腕が恋しくなったが、今、フラウの両脇は女子ががっちりと陣取っている。どんなに恋しく思っても結局この場では自分のモノにはなりえないのだ。

 寮に帰ろう……

 テイトがそう決意したのと同時に隣に座った女子高生に声をかけられた。
「あの、テイト君、だっけ?」
「……うん」
「もしかして、テイト君も頭数合わせに無理やり連れてこられたの?」
「……まあ、そんなとこ」
「私もなんだ〜。カラオケなんてあんまり興味なくて。でも、ハルもナツもアキも楽しそうだから、来て良かったかな。あ、私、フユ。よろしく」
「春夏秋冬?それ本名?」
「ハンドルネームだよ」
 そう言ってフユと名乗った女子生徒はクスリと笑った。笑うと頬がくっきりと凹んで印象的な笑窪が現れた。
「テイト君もハンドルネーム? それとも、ニックネーム?}
「本名だよ」
「マジで? カッコイイ」
「あ、ありがとう」
「フラウ君はハーフなの? 外人みたいだけど」
 テイトはフラウの家に飾ってあった家族の写真を思い出した。どの写真も海外で撮られた感じだったし、写っている家族はどれも日本人離れした顔立ちだった。
「外人……かな? ごめん、アイツのことあまり良く知らない」
「そうなんだ? テイト君も雰囲気がちょっと神秘的なところあるよね」
「え?」
「男の子にこんなこと言うの失礼かもだけど、なんか、とても、綺麗っていうか」
「……」
「あ、ごめんね。私、また、変なこと言ってる。いつも空気読め!ってハル達に怒られてるの」
「別に気にしてな…」
 ふと目の前が暗くなり「ちょっとゴメンな〜」とテイトとフユの間にフラウが割り込んだ。
「フ、フラウ!?」
「盛り上がってるね」
 そう言ったフラウの表情はにこやかだが目が笑ってない。
「オレの歌聴いてたか?」
 フラウはテイトに向き直るとニヤリと口の端を上げて笑った。
「聞いてたよ! 鼻歌と全然違ってた」
「そんなことねーだろ?」
「鼻歌ってなあに?」
 二人の会話に興味を持ったフユが加わった。
「コイツが寝る時に子守唄替わりに歌ってやってんの」
「子守歌じゃねーよ! 寧ろ騒音!」
「はいはいそこー! 今日はイチャイチャするの禁止だから」
 テイトとフラウが夫婦漫才になりかけたところで、すかさず吉田の警告がマイク越しに入った。
 テイトは「イチャイチャしてねーだろうが」といつもの条件反射で返したが、今日はなんだか悪い気がしない。寧ろ優越感を感じて自分の性格の悪さに自己嫌悪した。


 結局カラオケは最後まで付き合い、二次会へ向かう流れの中、テイトは先に帰ることにした。
 テイトが帰ると言うとフラウも帰ると言いだした。テイトにとっては嬉しいことだが、ここでフラウも抜けたら自然と解散となり、念願敵って女子高生とカラオケまで漕ぎ付けた吉田と佐藤から一生恨まれるに違いない。二人はこの日、男子からでなく女子からチョコレートを貰いたい! と豪語していたのだから……
 なんとかフラウを宥めてテイトだけ帰路に着いた。もしかしたら、フラウが後を追い掛けて来るのではないかと何度か後ろを振り返ったがフラウの影を見ることなく寮に着いた。
「バレンタインデーか……」
 忘れていたわけじゃないが別にコレと言って用意もしていない。気がつけば売店に足が向き、チョコレートを買っていた。フラウはここに居ないのに……。
 部屋に戻ると当然のことだがフラウは居ない。寮では常にフラウといるわけじゃない。一人で居ることも多かったし、一人でいても淋しいと思ったことは無い。だけど、今は一人で居る事が耐えられない。テイトはフラウのベッドに腰を降ろした。ネガティブ思考が深まり、フラウの事を考えまいとすればするほど淋しさがこみ上げてくる。もしかしたら帰って来ないかもしれない。フラウとテイトの関係は非現実で可笑しい。寧ろフラウに彼女が居ることの方が現実的だ。そう考えたらチョコレートを用意した自分が空しくなった。テイトは手の中のチョコレートをゴミ箱に放り投げるとフラウの布団に包まった。


「テイト?」
 耳元で囁かれたフラウの声で目が覚めた。
「フラウ?」
 テイトが目を開けるとフラウが居た。
「ただいま」
「お、おかえり……」
「寝るならちゃんと着替えろよ」
「あ、うん……」
「飯は食ったか?」
「……???」
 いつ寝たのか? 今は何時なのだろうか? どうしてフラウのベッドで寝てたのか……だんだん思考がはっきりするとフラウが帰宅したのを不思議に思った。
「どうした?」
「今何時?」
「8時」
「朝の?」
「夜だバカ! 寝ぼけてるのか?」
「帰って来ないかと思った」
「何言ってる?」
「フラウは女の子と付き合った方がいい……」
「……本気で言ってんのか?」
 テイトは小さく頷いた。本当は嫌だけどそれがきっと自然なんだと自分に言い聞かせるように心の中で唱える。今まで違和感も疑問も持たずにきたけれど、男同士付き合うなんて不自然すぎる。そんな非現実世界はこの学園から外に出たら成り立たない気がした。テイトはカラオケで女子に囲まれたフラウを見て現実に引き戻されたのだ。
「オマエ、オレをなんだと思ってんだよ?」
「……同居人?」
「馬鹿! オマエの彼氏だろうが!」
「だって、そんなの不自然だ。非現実的すぎるよ……」
「オマエ、泣いてたの? そんなこと考えて……これだからオマエは……ったく。可愛過ぎるだろ?」
 ギュッとフラウに布団ごと抱きしめられテイトは悲鳴を上げた。
「フラウ苦しい……フラウ?」
 フラウの肩が小刻みに揺れて含み笑いが漏れ聞こえた。
「何が可笑しいんだよ! 人が真剣に悩んでるってのに!」
「だって、オマエ。今更だろ? それにオレはオマエと離れる気はねーし、たぶん来世でも絶対オマエに恋する自信がある!」
「どっからくんだよ? そんな自信!?」
「なんとなくだ! だからオマエは難しいことは考えずにオレを好きでいろ!」
「………!!!」
 そんな恥ずかしいことを真顔で言い切るフラウの代わりに、テイトがこれ以上ないぐらい顔を赤く染めた。
「フラウ……お腹空いた」
「飯、まだ残ってるかもな。食いに行くか?」
「フラウ、食べてきたんじゃないのか?」
「あの後、オレも帰ったんだよ」
「吉田達は?」
「みんなでちゃんと飯食いに行った」
「良かった……けど、なんでフラウこんな時間?」
 あの後、すぐに帰ったのならもっと早く着いてもいいはずなのに、テイトが寮に戻って1時間は経っている。
「ああ、これ買ってて遅くなった」
 フラウはテイトに綺麗に包装された箱を差し出した。有名菓子店のロゴが書いてある。
「結構買うの恥ずかしかったぞ」
 店先でフラウのでかい図体が真剣に選ぶ様子を想像してテイトは噴出した。
「笑うな! 開けてみろよ!」
 フラウに即されてテイトはリボンを解いた。高級そうなチョコレートが6個並んでいる。しかも種類が全て違う。
「オレも食いたくて買ったんだから、一人で食うなよ!」
「え?」
 フラウが箱の中から一粒抓むとテイトの口の中に押し込んだ。
「ちょっとフラウ!」
 間を置かずしてフラウの顔が近付き唇を塞がれる。
「んんんんんんん!!!!!」
「結構美味いな」
「ちょっと何考えてんだよ!」
「チョコもキスも味わえて一石二鳥だろ?」
「はぁー!!!何言ってんの?」
「で、オマエからは無いの?」
 そう言ってフラウは手を差し出した。
「あ!」
 テイトはフラウから離れるとデスク脇のゴミ箱から先ほど放り投げたチョコレートを抓み出すとフラウに渡した。
「はい!」
「おいおいおい!!! オマエ、今、どこから出した? って、しかも、これ、また売店のだろ? おばちゃん相変わらずラッピング上手いな〜、じゃねーよ! これ、アポロじゃねーか!」
「フラウ好きだろ? アポロ」
「ああ、好きだが……。なぁ、テイトよ……」
「ん、何?」
「オレは今、現実ってやつをひしひしと感じているよ」


end


※やっぱりアポロで〆たいのですwww そしてアポロが食べたくなるのです。あ、ステマじゃないですww