※じゃっかん大人シーンあります。



 チャプン……
 熱めの湯を張った湯船にゆったりと浸かる。同じく湯船に浸かるフラウの肩にもたれて湯の中でまどろんだ。
 フラウはいつもの性急さは微塵も無く、ただ優しく宥めるような愛撫を繰り返した。『慰めて……』って言ったのはフラウなのに結局慰められたようだ。
 湯の中でゆっくりと時間が流れる。いつものならカペラがあの扉からひょこっと顔を出すんじゃないかと冷や冷やするのだが今はもう、その心配もなくなった。寧ろ無くなったことがとても淋しい。
 チャプン……
 黄色くて小さいアヒルと目が合った。カペラが風呂に入るたびに持ち込んでいたアヒルのぷかぷかだ。
「カペラみたいだろ?」
 そう言うとフラウがアヒルをちょこんと小突いた。突かれたアヒルは回れ右をして足先へと歩みを進めた。突き出た尻尾を振りながら進む後ろ姿が可愛い。
「全然カペラじゃないよ」
 可愛い点では一緒だがカペラじゃない。
「そっか、ぷっくりしたところが似てねーか?」
「ぷっくりって」
 アヒルはバスタブの壁にぶつかり、再びぷかぷかと目の前に迫ってきた。クリッと大きな瞳がオレを見つめる。
「ふ、はは……」
 しっかり目が合って吹き出した。カペラが何かを期待して見つめる時の目と似ている。他にも口角の上がった口とか……
「カペラ2号って名前にするか?」
 フラウが「決まりだろ?」っと笑って言った。
「なんだよ2号って、そもそもアヒルに名前を付けるな」
「いいじゃねーか。これからオレ達の癒しアイテムだぞ」
 確かに癒される。でも、さすがにカペラ程の癒しオーラはない。
「ま、我慢しろ」
 フラウの大きな掌が額から髪をすき、続けて唇が降りてきた。オレの唇に辿り着くと軽くキス。また、宥められたのか?
 さっきから宥められてるというか一方的に慰められっぱなしだ。オレも慰めてやろうと体の向きを変えるとフラウの唇に吸い付いた。
「おっ」
 唇を離すとフラウがちょっと嬉しそうな顔をするからもっと喜ばしてやろうと再び唇を重ねる。
「んー、んー、ん……」
 地雷、踏んだか? オレ……。フラウのやる気スイッチを入れてしまったのか軽いキスのつもりが濃厚なソレに変わり、割って入ってきたフラウの舌先に口内中を掻き回された。
「ん」
 閉じられずにいる口の端から唾液が溢れ、喉へと伝い落ちる。
 キスは一向に止まず、フラウはオレの腰へ腕を回すと抱きかかえたままバスタブからあがった。片手はバスタオルを掴んでいる。器用なヤツだ。隙を見て唇を離すがフラウは「まだだ」と囁くと再び塞がれた。オレは力が抜けてフラウの首にしがみ付いた。きっと長いキスのせいで酸欠になったんだっ!
 掴んだバスタオルでオレを包み込むとようやく開放された。
「(酸欠で)死ぬかと思った」
「そんなに良かったか?」
「違うっ!」
 フラウは「風邪ひくぞ」とタオルでガシガシとオレの頭を拭き始めた。どうやらバスタイムは終わりらしい。これ以上入ってたら体中ふやけていたことだろう。フワリと体が浮かび再びフラウに抱きかかえられた。
「何?」
「続き、続き! なんてったって今日はダブルベッドだからな!」
 フラウはそう言うと意気揚々とバスルームを後にした。
 最初から慰めるとかいう気遣いはフラウにはまったく必要無かったのだ。なのにオレは要らぬ気を回して墓穴を掘った……




「フラウもう、やめ……」
 バスタブの中ではオレの頭を優しく撫でていた掌が今はいやらしく要らぬ場所を這い回る。
「いいから、一回出しとけ」
 さっきの濃厚なキスの余韻からか肌の上を滑らせただけで張り詰めてしまったソレをフラウは躊躇う事無く口にした。イヤだって言ってるのに……。オレの下腹部からこっちを見上げるフラウの眼線と絡み合う。オレの一番嫌いなその行為は視覚的にも射精感を煽る。
「ん、」
「行けよ」
「つっ」
 ゴクッ
 フラウの喉が鳴った。の、飲んだのか?
「吐き出せよ!バカっ」
 オレは慌てて手近にあったタオルをフラウに投げた。
「飲むなよ、そんなもの」
 フラウの口に吐き出してしまった恥ずかしさとあっけなく達してしまった自分に居た堪れないのとで軽くパニックになった。
「泣くなよ、テイト」
「な、泣いてねぇ〜。フラウがそんなん飲むから心配してんだろうがっ」
 フラウはのっそりと起き上がると覆いかぶさってきた。
「ああ、もう、オマエはほんとに可愛いな」
 フラウは溜息混じりにそう言うとオレを抱きかかえて横になった。すっぽりとフラウの腕に納まったオレはフラウの胸板に頬を摺り寄せた。フラウの体はまだ温かい。
 オレのどこが可愛いのかまったく理解に苦しむ。可愛いというのはカペラのことを言うのだろう?
「オレにとっちゃ、カペラも可愛いがオマエも可愛いんだよ」
 フラウはそう言うとギュッと抱きしめてきた。妙な圧迫感が気持ちいい。
「フラウ……」
 たまには素直に言ってみようかなんて気になった。「続きしよ……」って言ってから後悔した。死ぬほど恥ずかしいじゃねーかっ!
「明日は槍でも降るのか? オマエから誘うなん」
 恥ずかしさのあまり、慌ててフラウの口を手で塞ぐ。フラウは口に宛がわれたオレの掌をペロッと嘗めると笑いながら剥がした。
「テイト…」
 フラウはいつものようにニヤニヤとやらしい笑いを浮かべている。
「うるさい」
 オレもいつものようにその顔を睨みつけたがフラウは嬉しそうにただただ笑っている。
「うれしい」
 フラウは再びオレを抱きしめると唇を塞いだ。今日何度目かのキスはこの日一番気持ちいいキスだったけど苦くて味は最低だった。自分が放ったモノの味だと気付くと途端に体が熱くなり、その時のフラウの眼を思い出してクラクラした。






 首が変に凝ってるようで目が覚めた。
 当然、目を開けてもカペラは居ない。
 覚悟はしていた。
 カペラの笑顔のない朝を……
『おはよう、お兄ちゃん!』
 カペラの笑顔を想像して頭の中でカペラにおはようを言った。それだけで既におそらくオレは涙目だ……
 それはそうと首が痛い。憧れの(?)腕枕でのお目覚めだったが思ってたほど心地良いものでは無かった。もぞもぞと体を動かしてみる。程よい位置はどこかと……ってか肩の筋肉、盛りが良過ぎるだろ? ……いっそ胸板の上で大の字で寝てみるか?
「起き、た、のか?」
 フラウも目が覚めたらしい。眠そうな声でしかも欠伸交じりでしゃべるからまるで熊みたいだ。
「首が痛い」
 フラウの胸板の上で寝転がった状態で「腕枕って寝心地悪いな」と呟いた。
「あ、腕枕か。オレはてっきり昨夜の体位で無理させたのかとっ。うっ」
 そんなことはこれっぽっちも言ってないし聞きたくない。オレはフラウの顔面に枕を投げつけた。これはいつもと変わらない。足りないのはカペラの笑顔だ……
「ぴゃっ」
 ミカゲがオレの気持ちを察してか、鼻先をペロッと嘗めてくれた。
「そっか、オマエも淋しいよな…」
 そっとミカゲを抱きしめる。
 カペラに会いたい……。
「じゃ、戻るか?」
 フラウのがっしりとした腕が首に回って再びベッドに転がされた。上から覆いかぶさったブルーの瞳が静かにオレを見下ろす。一見、冷たく見えるその瞳が実は温かい色を帯びるのを知っている。今はちょっと淋しそう。
「戻らないよ」
 前に進むって決めたから。でも、
「ちょっとだけココ貸して……」
 フラウの背中に腕を回すとそれまで抑えていた何かが一気に溢れ出した。フラウは何も言わない。何もしない。泣きじゃくるオレを優しく覆ってくれただけ……。
「卵の殻みたいだ」
 気の済むまで泣いて、付き合ってくれたフラウにお礼の言葉を言うのも恥ずかしくてそう呟くと「他にもっといい例えはねぇのかよ」と、笑って頭を小突かれた。




「忘れ物は無いかー?」
 ホテルの部屋を出る前にフラウはそう言うと部屋の中を見渡した。
「あ、2号!」
 オレは慌ててバスルームへと駆け込むと黄色いアヒルを探した。
「ない! 2号?」
 洗面台の下やバスタブの下を覗き込んだが見当たらない。
「もう、仕舞ったって。ホレ」
 フラウの声に振り向くと手に持ったアヒルを軽く揺らして立っていた。
「なんだよ、早く言え」
「このオレが愛しいカペラ2号を忘れるはずが無いだろう?」
「はいはい」
 わかったからと、フラウの背中を押して部屋を出た。
 あれからフラウと一緒にアヒルの愛称をあれこれ考えたのだが結局カペラ2号で落ち着いた。
 今度カペラに会ったら思わず1号って言ってしまいそうだ。
『1号って何?』と不思議そうに見つめるカペラの顔を想像すると頬が緩む。
 この旅を早く終わらせてカペラに会いに行こう! 旅のゴールはカペラだ! そう思うと俄然やる気になる。
「それじゃ、さっさと終わらすか?」
 フラウがそう言うとホークザイルに跨った。どうしてオレの考えていることがわかるのだろう?
「オマエは特に解りやすいんだ」
 しかめっ面のオレに言い訳するようにフラウが苦笑いした。
「そんなに顔に出やすいかな?」
「ばっか、それだけオレがオマエを見てるってことだろうが」
「な、何言ってんの」
 フラウは時々こういう恥ずかしいことを平気で口にする。オレはそのたびにドキドキして……
「さっさと乗れ!」
 オレはひらりとホークザイルに跨るとフラウの広い背中に頬をあてた。
「テイト、飛ばすぞ。しっかり捕まってろ」
「ああ」
 フラウにギュッとしがみ付くとホークザイルが舞い上がった。
 カペラに一歩近付いた? かな……







end