※テイト視点

sakura

 白地にほんのりと色づいた花びらがひらひらと舞い落ちる。雪みたいだ。なんとなしに思った事が言葉になって零れたらしい。ミカゲが「雪?」と言って微笑んだ。そうだよ。雪。暖かい雪なんだ。そう言ってテイトは目を閉じた。再び眠りに落ちる瞬間「なんだよそれ」と言いながら笑うミカゲの声を聞いた。心地いい。休み時間は決まって大きな桜の木の下でこうして昼寝をしたっけ。この貴重な睡眠時間をミカゲは邪魔しない。その代わりふざけてそっと口付ける。「オヤスミのキスだよ」そう言っていたずらっ子のように笑った。
 唇に湿った感触を感じて目を開けた。ミカゲがせっせとテイトの口の周りを舐めている。たぶん、口に付いた甘酒を舐め取っているのだろう。
「こら、ミカゲ!」
「ぴゃっ」
 桃色の子ドラゴンを自分から引き剥がすといじけた表情を見せた。その仕草がどことなくバツの悪い時に見せるミカゲの表情にも似ていてテイトは吹き出した。
 教会の庭で花見という宴が催され、そこかしこの大木の下に人溜まりができていた。テイトの居る大木には司教姿のフラウ、ラブラドール、カストル、人魚のラゼットに顔見知りのシスター3人、ハクレンとカペラ。カペラはテイトの腹部で丸くなって眠っている。散々ご馳走を喰い散らかし、勧められるまま白い濁った飲み物を口に含んだ。程よく甘い暖かいそれはテイトの喉を潤して胃をじんわりと暖めた。「美味しい」すかさずお替わりを頂戴し2杯、3杯と飲み終わる頃にはうとうととし始め、眠ってしまった。
「目が覚めたか?」
 ハクレンがほら見たことかと呆れた顔で見下ろしていた。
「うん、寝てた?」
「イビキかいてた」
「嘘だろ?」
 もしかして、かいてたかも知れない。自分の寝姿など知るよしも無い。テイトは体を起こすと視線を感じて顔を向けた。酒を片手にタバコをふかすフラウと目が合う。その表情にはありありと不機嫌の色が滲み出ていた。フラウの視線はテイトから懐に居るミカゲに移り、隣のハクレンに移動するとソッポを向いた。
 嫉妬だろうか? フラウの目にはドラゴンのミカゲが人型に見えるのかもしれない。自分が夢でミカゲにキスされたようにフラウにも見えたのだろうか? 人型のミカゲに? いずれにしてもそんなフラウを見るのは初めてだ。くすくすと含み笑いが零れる。
「どうした?」
「別に」
 ハクレンが訝しげに顔を傾けた。ただ、花びらが雪みたいだって思っただけさ。そう言うとハクレンも夢の中のミカゲ同様「雪?」と聞き返した。
 薄いピンクの花びらがひらひらと散るのを見るたびに雪を連想していた。今ならそれが何故か解る。故郷の雪を思い出していたのだ。とても、とても、寒いはずなのに息を切らして走るから体は暖かかった。今みたいにぽかぽかして、額に雪がかかっても冷たいと思うのは一瞬ですぐに解けて汗と一緒になった。
 そう、今みたいに。
 額に雪がかかった。
 そう思って目を開けるとフラウがニヤリと笑っていた。
「これも夢?」
「さあな、オマエが夢だと思うんなら夢なんだろ?」
 夢か現実か? それはどうでも良かった。ただ心地いい。それだけだ。
「もし、これも夢だとしてオマエは3つの夢の内どれが一番いい夢だった?」
 フラウはそう言ってニヤリと笑った。
 フラウのヤツ、人の夢をまた勝手に覗き見しやがって。ムッとした顔をするとフラウは「拗ねるな」と言いながらキスでごまかした。夢か。テイトは今見た夢を思い返した。
 桜の下でミカゲと昼寝をしたのは記憶だ。まだミカゲが生きていてミカゲだけが心の拠り所だった。懐かしくて愛おしい記憶。次の宴会は願望だろうか? みんなで宴会をした記憶はない。ラブラドールの茶会には何度か呼ばれたが花見をしたことは無い。花見か。桜の花びらが舞う中でご馳走を囲むのは楽しそうだ。カペラが大きい握り飯にかぶりつき、それを横から狙ってるミカゲ。そんな幸せな夢を現実だと思い込み、そのくせどこか夢だと解っていて、どうか覚めないでと懇願した。それなのに。それなのに、フラウの腕の中で目が覚めた時どこかホッとしたんだ。
「2番目の夢が良かったな。花見してたやつ」
「へぇー、どうして?」
「フラウの。フラウの顔が面白かったんだ。オレのこと睨みつけて。ミカゲに焼餅焼いてた」
 思い返して笑いが込み上げる。
「オレはそんな顔しねーよ」
「いや、してた」
 夢の中で見たのと同じ様にフラウが顔を背けた。それが可笑しくて声に出して笑った。
「いい加減笑うのやめろ」
 困った顔のフラウがテイトの頭を軽く小突く。
「フラウ」
「んぁ?」
「これが夢じゃないって証拠見せて」
 そう言ってフラウの体に腕を回した。フラウは言葉の意味を理解するとテイトに覆い被さった。フラウの唇は耳元で「クソガキが」と囁くとテイトの唇に降りてきた。フラウの口付けを受けながらテイトは肩越しに舞う花びらに目を留めた。
 桜。
 もしかしたらこれもまた夢の中なのかもしれない。ふとそんな事を考えながらひらひらと舞う花びらに目を凝らした。
 よく見ると窓の向こうで降る雪だった。
 雪か。
 紛れもない雪にどこかホッとして、そんな気持ちになった自分に笑った。



END