※フラウ視点

願うならば


 フラウは自分の掌を見つめた。
 ここ、ヴェルネーザー城でヴェルネの魂を喰い、続けてテイトの魂までも喰いそうになった。鎌に飲み込まれ、あろうことか自分を見失ったのだ。
 テイトに引き戻されなければそのまま喰い尽くしていたに違いない。この手でテイトを、そう考えると体が震える。
 テイトの罠に自ら嵌り、手の内を全て曝け出してもなおこの不安は拭えない。いつか自分はテイトを。そんな弱い自分を断ち切るように、パンッと両手で頬を叩く。
 もう二度と同じ過ちは犯さない。鎌に飲み込まれるようなことはこの先二度と。
『くれぐれも気をつけてくださいよ』
『僕たちがいつも見守っているからね』
 事の顛末を終始見ていたカストルとラブラドールはフラウにそう声を掛けると姿を消した。
「言いたいこと言いやがって、どうせ出て来るならオレがテイトに手を掛ける前に出て来いよ」
 フラウは一人ごちると、苦笑いを浮かべた。自分を気に掛けてくれる仲間の想いは重々承知している。
「フラウ、誰かいるのか?」
 カチャッっと浴室の扉が開き、テイトが姿を見せた。その瞳からは不安が見て取れる。今のテイトは敵と対峙するよりもフラウが消えることの方が恐怖なのかもしれない。
「いや、独り言だ」
 そう言ってフラウはテイトに笑顔を向けた。
 テイトは、慌てて出てきたのだろう髪も体も濡れていた。
「髪濡れてるぞ、こっちこい拭いてやる」
「いいよ、自分でやるから」
「いいから、ここに座れ」
 ベッドの端を指差して手招きする。
「テイト」
 もう一度優しく声を掛けると、テイトは近付き、ベッドの端にちょこんと腰を降ろした。
 手からタオルを受け取るとテイトの頭をガシガシと拭きにかかった。
「ちょっと! フラウ痛いって!」
「こうしないと地肌の水分が取れないだろ!」
「もう、だからってそんな強くすることないだろ!」
「良く拭かないと風邪ひくだろうがっ!」
 立ち上がって抵抗してきたテイトと目が合った。一瞬、見つめ合い同時に目を逸らす。眼の奥にある情欲の色を互いに意識してしまったから。
 体を離そうとするテイトをフラウは強引に引き寄せ抱きしめた。
「テイト」
 そう名を呼ぶとテイトの体から強張りが解けた。テイトは素直に体を預けるとぎこちなくフラウの背中に腕を回した。




 フラウはテイトの静かな寝息に耳を傾けながら指先で絹糸のような髪の感触を楽しんだ。
 荒れ狂った様に吹雪いていた天気は夜半過ぎには静まったようだ。これでレースは再開されるだろう。束の間の休息とは良く言ったものだ。自分の腕の中でやすらかに眠るテイトの寝顔に自然と口元が綻ぶ。それも一瞬ですぐにその口元は引き締められた。第一区(まさに敵の懐)に辿り着けば今以上に死と背中合わせになる。こうしてテイトを抱いて眠るなどできるはずも無い。だからこそ今が愛おしい。
 フラウはテイトの瞼にそっと唇を押し当てた。
「フラウ?」
「起こしたか?」
「ん」
 テイトの唇が「もう少し」と動いて再び静かな寝息へと変わった。
 より一層、体が密着するようにテイトを胸に抱き寄せるとテイトも鼻頭を摺り寄せてきた。
 フラウはテイトの髪に指を絡めると目を閉じた。

 願わくば

 願わくばこのやすらかな時が一秒でも長く続きますように

 自分の為に祈りを捧げたことなど一度も無かったが、テイトの幸せそうな寝顔にフラウは願わずにはいられなかった。


END