※蜜月編のテイト視点です。

爪切り


 パチン、パチン。
 梃子の原理で刃が動き、丸い形に添って爪を切る、ホントに良くできてるな、などと考えながらパチン、パチンと爪を切った。掌に納まっているそれは数分前にフラウから渡されたものだ。
『それで爪切れよ』
 そう言ってぬっと差し出されたフラウの大きな掌には、小さい爪きりが乗っかっていた。
『なんで?』
 そんなに爪伸びてないよ。と、たぶん?(ハテナ)を頭に乗せたような顔をしてフラウを見上げた。
『いいから切れ』
『ええ〜、まだ大丈夫だよ』
『ダメだ、切っとけ……じゃないとオレの肩が傷だらけになる……』
『…………あ』
 フラウとセックスをした時、フラウの背中を引っ掻いたらしい。言い訳のようだが引っ掻いているつもりはない。上背のあるフラウにしがみ付こうとすると自然と肩辺りに手がいって……ま、たぶんそういうことだ。
『シャワー浴びると沁みんだよ』
 そう言ったフラウの視線は空を向いていて天気の話でもしているみたいだ。
『わるかった』
 ここは素直に反省か? と、謝ってみたもののどうも腑に落ちない。だってそれは……
『いや、謝らなくていいから、爪は切って』
『……は、い』
 オレは真昼間に想像してはいけない事を想像して顔を赤くした。爪切っとけって、なんだか今日はやるって宣言してるみたいじゃないか。オレは赤くなった顔を隠すように俯き、数秒の沈黙が流れた後、フラウは「でかけてくる」と言って部屋を出て行った。フラウの出て行った扉を眺め、ホッとしたような淋しいような、複雑な想いと一緒に溜息が出た。
 昼間のフラウは夜と雰囲気が違う。夜じゃなくて盛っている時と違うのか。エロ司教なのは常だけど、オレに対してはそういう素振りは一切見せない。それなのにスイッチが入ると別人のように求めてくる。フラウの肩の引っ掻き傷だって、フラウがガツガツと激しくするから、オレも振り落とされんじゃないかって思って必死に肩を掴んだけだ。
 謝らなくていいから……そう言ったフラウの顔は少し困ったような苦笑いを浮かべていた。一応、自分の所為だという自覚はあるわけね。フラウが沁みると言ったあの傷を付けたのは何時だったろうか? そう考えて、しばらくフラウに触れて無いことに気付く。
 パチン、パチン。
 基本的にフラウは終始優しいと思う。オレを気遣うように回される腕とか、額に触れるだけのキスとか、オレのこと好きでしょうがないみたいな感情が伝わってきて時に心臓が締め付けられるように苦しくなる。苦しいというか恥ずかしい。そんなことを考えてたらフラウの腕が無性に恋しくなった。
 なんでオレ爪切りながら切なくなっての? 恐ろしく恥ずかしくなって「うわー!」っと手にした爪きりを窓の外に投げつけそうになったけど、道行く人の頭上にでも落ちたら惨事だから、そんなことは絶対にやらない。
 ドキドキドキドキとやたらと早い鼓動を整えようと深呼吸。なのに頭の中はフラウのことばかりで、額に触れた唇の感触がリアルに甦る。額の感触は頬へと移動し、そして唇へ。
「わぁ〜〜〜!」
 何考えてんだよ!
「どうしたの?」
 爪切りを見つめ、ふるふるしていると、ソファーで転寝をしていたカペラがミカゲを頭に乗せたままむくりと起き上がった。
「カ、カペラ! 目が覚めた?」
「……テイト兄ちゃん、何してるの?」
 な、何も、妄想して逝きそうになったとかそんなこと絶対ないからっ! なんて、そんなことはカペラだって思ってないだろうけど……オレは一人で何を焦って……
「爪切り?」
 カペラの視線がオレの掌にある爪切りに止まった。
「え? ああ! そう! 爪切ってたんだ! カペラも爪切るか?」
「あい」
 カペラはソファから降りると愛くるしい笑顔と一緒に両手を差し出した。いつもなら純真無垢な天使の笑顔に癒されるのに、邪な妄想をしていた自分が後ろめたくとてつもない罪悪感。
「テイト兄ちゃん、どうかした? 顔赤い……風邪引いた?」
「大丈夫、なんでもない」
  不安そうに覗き込むカペラに無理やり笑顔を作った。
 カペラを膝の上に抱き上げて覆いかぶさるように手を前に回して爪を切る。
 パチン、パチン。
 オレより一回り以上小さいカペラの手に意識を集中させた。ともすると、またフラウのことを考えそうになるから。
 カチャ。
 部屋の扉が開き「ただいまー」の声とともにフラウが入ってきた。その声に反射的にビクリとする。
「お、カペラ爪切ってもらってるのか?」
 頭上から来るフラウの声にカペラは顔を上げると「おかえりなさい」と笑顔を向けた。オレは下を向いたまま「おかえり」と小さく呟いた。
「いいな、オレも切ってもらおうか?」
 暢気な口ぶりに意味も無く腹が立つ。
「フラウは自分で切れよ」
 冗談というよりは明らかに機嫌の悪い声で返事をしてしまい、しまった! と思った。フラウは何も悪いことはしてないし、オレを怒らすようなこともしていない。
「な、何? オレなんかしたか?」
「べつに……」
 ただの八つ当たりだ。自分でも信じられないことだが思ってた以上にフラウに飢えている。そう、自覚したらどっと自己嫌悪に陥って自分自身に腹立てて、ついでにフラウにも腹を立ててた。最悪だな。
「!!!」
 突然、頭の上に何かが乗っかった。頭を包むように乗せられたのは紛れもなくフラウの手。数秒だけ留まるとすぐに離れていった。
「飯食いに行くから仕度しろ」
 そう言ってフラウも離れていった。
「フラウ!」
 慌ててフラウの背中に声をかけた。何か言わないと。
「ん?」
 振り向いたフラウにビシッと指先を伸ばした手の甲を見せた。
「つ、爪、切ったからな!」
 フラウは口角を少し上げ、ニヤリと微笑むと瞳を紫色に光らせた。
 スイッチ入っちゃったか? っつうか、自分から誘ったみたいで死ぬほど恥ずかしい! オレは真っ赤な顔を隠すように俯いた。そんなオレの傍にフラウが近付いて「カペラちょっと下向いてろ」そう言って体を屈めた。
 不思議そうに頷くカペラの頭を抑えながらフラウの顔が間近に迫ってきた。
「フラウ……」
 軽く唇を合わせるだけのキス。と思ったらしっかり舌を入れてきた。
「ちょっ! まっ! フラウ!」
「続きは今夜」
 離れ際、フラウがそっと耳元で囁いた。頭と唇に感触を残して。
「!!!」
 オレは恥ずかしさのあまり腕の中のカペラをギュッと抱きしめていた。何つうか、自分も恥ずかしいがフラウも恥ずかしい……
「テイト兄ちゃん、苦し……」
「あっ! ごめんカペラ!」
 我に返って慌てて腕を緩める。
「びっくりした」
「ごめんな」
「……テイト兄ちゃん……」
「ん?」
 幼いカペラにフラウとの関係がどんなものか解るはずも無いと思いつつも、カペラの大きい瞳は全てお見通しなんじゃないかと不安になる。ドキドキしながらカペラの次の一言を待った。
「……爪切りの続き……」
「あ、ごめん」
 カペラの一言にホッとしたのと同時に慌てて爪切りを握りなおした。



END

※終わらん! 夜バージョンも書かねばだわ(苦笑)