※テイト視点です。
嫉妬という名のスパイス
「や〜ね〜。一丁前に嫉妬なんか焼いて」
ネイサンはふふんと鼻で笑うとテイトにウィンクをした。
フラウのマフラーを探しに市場を歩いると一軒の品揃えのいい店を見つけた。店の奥から現れた店主は綺麗な女、ではなく女性の様な男性だった。自分のことをネイサンと名乗ると商売そっちのけでテイト相手に身の上話を始め、世間話、そして恋愛相談になり、今に至る。かれこれ1時間。
ネイサンの言葉に「そんなんじゃないよ」そう言ってテイトが否定すると「でも、彼が女性の人と話していると嫌なんでしょ?」と、余裕の笑みを零した。
「聖職者なのにデレデレしてるのがムカツクって話だよ」
「はいはい。そういう事にしておきましょう」
「……。仮に嫉妬だとして……」
「嫉妬だとして?」
「しなくなる方法ってあるかな?」
「嫉妬しない方法ってこと?」
テイトは大きく頷いた。正直、フラウの事をいろいろ気にしてたら精神が疲れる。
「そうね〜。恋をしない事かしらね。彼の事を嫌いになってしまえば嫉妬心も起こらないと思うけど」
「え……。フラウを嫌いに……」
フラウの事は好きか嫌いで言ったら明らかに好きだ。師弟関係と同時に恋愛関係でもある。嫌いになるなんて無理な話。テイトは「はぁ〜」と息を吐いた。
テイトの溜息にネイサンが「うふふ」と含み笑いを漏らすと「大丈夫よ」と肩を叩いた。
「嫌いになれないのならテイトが自分に自信を持てばいいのよ」
「自信?」
「そう、自分は誰よりも愛されてるって自信。でもね、テイト。アタシが思うにアナタは十分愛されてると思うわ。自信を持ちなさいテイト」
ネイサンはテイトの両頬を大きな手で包み込むとニッコリと微笑えんだ。笑うと浅黒い肌の瞼に塗られたピンクのアイシャドーが際立つ。その様相に始めこそ狼狽えたが話してみたら気さくでいい人だった。
「ネイサン、あの……ありがとう」
「どういたしまして。恋愛相談ならいつでも乗るわよ!」
「そうだ、マフラー探しに来たんだった!」
テイトが店先のワゴンの品物を手にしているといきなり肩を掴まれた。
「テイト!」
振り返ると人相の悪い男が壁のように立ちはだかっていた。
「わっ!フラウ」
「まったく。どこへ行ったかと思えば暢気に買い物かよ」
鬼の形相のフラウに慌ててテイトが謝ろうとしたところにネイサンが割り入ってきた。
「きゃ〜!!! いい男!!! もしかして貴方がフラウ? ちょっとテイト紹介なさぁい」
フラウの体にしがみ付こうとするネイサンを慌てて店の奥へと押し戻す。フラウに肩車されているカペラも引き気味だ。
「ネイサンごめん! また、今度くるから」
あっちょ待ちなさい、テイト! 背後から来るネイサンの雄たけびの様な声を無視してフラウを店から遠ざけた。
「なんだ、アレは?」
「洋品店の店長さん」
「随分親しげだったじゃねーか? 何話してたんだ?」
「世間話」
「ふーん」
フラウはそれっきり興味を無くしたのか「飯に行くぞ。カペラは何食べたいんだ?」と肩車したカペラに話しかけた。「ハンバーグ!」元気一杯応えるカペラに「カペラはそればっかりだな。たまにはカレーもいいんじゃないか」と、フラウが優しい眼差しを向ける。その顔にテイトは複雑な思いが膨らんだ。嫉妬、してるのかな? そう考えて頭を振る。カペラにまで嫉妬したら重症だ。
自信を持ちなさいテイト
ネイサンの言葉を思い起こし、自信、自信と心の中で呟いた。
結局、夕飯はカレーになった。フラウの知り合いに美味いカレーを出すバーのマスターが居るということで立ち寄ることにした。カランカランと店の扉を潜ると店内の奥まったテーブル席に滑り込んだ。
「テイトはどーする? カペラと同じ『カレーの王子様』にするか?」
「えっ。普通のでいいよ」
「いいのか? かなり辛いぞ?」
だからといって王子様とかいうネーミングのカレーを頼むのは恥ずかしい。
「じゃ、その中間で」
「オーケー。マスター、こいつに中辛……の、やや甘口にしてやって」
フラウは一通りオーダーし終わるとビールの栓を抜いた。ビールを片手にテイトに向き直ると口を開いた。
「で、さっき、あの『おとこおんな』と何話してたんだ?」
「え?」
突然の話題に目が点になった。まったく興味無い素振りだったのだが、今のフラウの目はやや不機嫌な色をしている。二人に挟まれたカペラはハラハラしながらテイトとフラウの顔色を窺っている。
「おとこおんなって、ネイサンのこと?」
「名前なんてどうでもいい」
どうやら本当に機嫌が悪いようだ。何時に無くぶっきら棒な物言いにテイトも段々腹が立ってきた。
「世間話って言ったじゃん」
「そのワリにはやけに親しげだったじゃないか」
「別にそんなに親しくないよ」
「オマエにキスしようとしてただろ?」
まるで取り締まりだ。さぁ、吐けとばかりにフラウの目が据わっている。
「してないよ」
「カペラも見てたぞ。なぁ〜」
「う、うん」
テイトは「はぁ」っと溜息を吐いた。おそらくネイサンがアドバイスしていたところを目撃して勘違いしたのだろう。だからといってそれをどうこう説明するのは難しい。恋愛相談していたと言えば内容を問われるだろうし。しかし、何故ここで蒸し返したりしたのだろう。
「気になるんだよ。オマエのことが」
「え?」
「自分の知らないヤツと親しくしてるオマエを見てちょっとムカついたっていうか……」
フラウが口ごもるから最後の方はテイトも聞き取れなかった。それより、それって。
「ヤキモチ焼いてた? フラウが?」
信じられない。
「悪いかよ」
「わるくナイ、寧ろ嬉しいっつうか」
「はぁ〜、何考えてんだオマエ?」
ふふ
「ははは」
フラウも同じように嫉妬していた。しかもネイサンに。それが更に可笑しくて、声を上げて笑ってしまった。
「笑うな」
フラウの大きな掌がテイトの頭をガシガシと撫でた。どうやら和解したと見て取ったのだろう、カペラの顔にも笑顔が戻った。
「はい、お待たせ〜。王子(カレーの王子様)に中辛、辛口ね」
料理を持って来たバーのマスターがカレーの種類を上げながらテーブルに並べた。段階的にカレーの色が僅かに異なる。赤見が増すにつれて辛いのだろう。三人同時に手を合わせ「頂きます」と言うと、皿に盛られたカレーをスプーンですくって口へと運んだ。
「辛っ」
「だから、辛いって言っただろうが」
フラウが水の入ったコップを差し出す。テイトはコップを手にするとゴクゴクと喉へと流し込んだ。
「ふは〜」
「テイトも王子様に替えてもらうか?」
「大丈夫」
涙目のテイトに半ば呆れたフラウだが覗き込む目は優しい。その目を見てネイサンの言葉を思い出した。
十分愛されてると思うわ
そうなのかな? あまり愛されているという実感はないが……それより
フラウも嫉妬なんかするんだな。
愛されてるって自信はまだ当分持てそうにないけどフラウも嫉妬するとわかっただけで気持ちは楽になった。
多分、また、嫉妬したりするんだろうけど、フラウもどこかで嫉妬したりするんだろうし、それがちょっとだけ嬉しい。
「辛いけど美味しい」
そう言ってテイトはカレーを頬張った。
END
※今回のゲストは某アニメのあの方(笑)
それにしてもイチャイチャが足りませんな。