独占欲【後編】
「テイト……」
 圧し掛かるフラウがオレの名前を呼んだ。
 とりあえずこの窮屈な体制をどうにかしたい。耳朶にフラウの唇が触れて、それだけでもちょっとヤバイのに……
「テイト」
 フラウがまたオレの名前を口にした。
「なんだよ?」
 コッチはこの状況から脱出しようと必死なんだよ。
 この巨体の下からなんとか這い出ようともがいてみる。
「はははは」
 今度は笑いだした。まったく、どんな夢見てるんだか。いい気なもんだな。
 やっとこさ這い出ると突然手首を掴まれた。
「な・に?」
「起きてるぜ」
「あ、フラウっ。オマエウソ寝かよっ」
「オレがあれしきの酒で酔うわけねーだろうが」
 掴まれた手首を引っ張られ再びベッドとフラウの間に納まった。
「おいって、最初からウソだったのかよっ」
 上から見下ろすフラウの瞳を睨みつけた。
「あのババァがしつこいから酔ってつぶれたフリしたんだよ」
 そう言うとフラウはニヤリと笑った。
「ったく、スゲー重かったのに」
「だから借りは今すぐ返すって」
 ペロッと鼻の頭を嘗められる。
「やめろっ。バカフラウ!」
「いいだろ? さっきの続き……」
 唇を押し付けると掌をシャツの下へと滑り込ませた。
「あ……」
 指の動きは徐々に大胆になり腹から腰、足の付け根へと移動する。
「なんだよすでにその気じゃねーか?」
「うるさいっ」
 フラウの指は愛撫を進めると同時に器用に衣服を剥ぎ取っていく。
 シャツ一枚というあられもない姿にさせられたところで部屋の鍵がかかっているか気になりだした。
 フラウを担いでいたからもしかしたら部屋の鍵を閉めてないかもしれない……
「フラウ……部屋の、カ、ギ、閉めて……ない、かも……」
 既に息が乱れて切れ切れに言葉を発する。
「鍵? 気にするな誰も入っちゃこねーって」
 フラウの舌が執拗に下腹部で主張するモノを弄ぶ。
「そん、なこと……わから、ない……だ、ろ」
「別に入ってきたって構わないさ。見せ付けてやろーぜ。オレ達が愛し合ってるところを」
 意地悪な笑みを浮かべながら感じやすいところを舌でなぞった。
「やっ……んん」
 既に後ろもオイルで丁寧に解されて(何時の間にっ!)前も後ろも限界だ。
「そうだな、あのババアが入ってきたら面白いかもな。ビックリして失神すんじゃねーか?」
「ははっ……笑わ、す、な……てっ……」
「ははは」
 オレが引きつった笑いを零すとフラウも笑いだした。
 誰に見られても構わないって? 実際には多いに問題アリだけどこの状況下ではどうでもいいと思ってしまう。寧ろそんなことを想像して行為が助長しそうだ。やだな……オレにはそんな趣味無いのに。
 フラウと視線が絡み合う。
「だめだ、フラウ……、もう……んっあ」
 後ろに宛がわれたモノが一気に挿入されて息が止まった。って、ちょっと加減しろ。心臓まで止まったらどうすんだよっ。
「フラ、ウ……」
「ワリっ」
 とか言って、全然悪いなんて思ってないだろうがっ。悪態を突こうとしたがフラウに唇を塞がれた。これでさらに呼吸困難だ。苦しいのにフラウに必死にしがみ付く。頭の端ではオレマジで死ぬかもと思いながら……




「少しは加減しろよっ」
 恨めしそうな目を向け今度こそ悪態を突く。
「だから悪かったって……」
 困ったような、でも嬉しそうな顔をして笑う。悔しいことにフラウのその顔は好きだ。
 フラウの左手がオレを宥めるように髪をすいた。その手の動きがあまりにも優しくて切なくなる。
「何かが足りなくないか?」
 突然ポツリと呟いた。
「足りないって?」
「緊張感がさ。いつもなら『カペラ乱入!』ってなるだろ?」
「ああ、今日は部屋が別だからな」
 そう言うとオレはフラウに身を寄せた。ソファの上でも浴室のタイルの床の上でもバスタブの中でもない。今日は正真正銘ベッドの上だ。
「眠いのか?」
 フラウの心地良いトーンが眠気を誘う。
「んぁ〜ねむぃ」
「じゃ、寝ろ」
「だめ、風呂入る」
 さすがにこのまま寝るわけにはいかない。
「わかった。入れてやる。他には?」
「服着せて……あと……」
「あと?」
 フラウが優しいからか? 眠くて気が緩んでいるのか? いつもならこんな甘えを言ったりしないのに歯止めが効かない。
「一緒に寝て……」
「……了解」
 額に触れたフラウの唇の感触を最後にオレは眠りに落ちた。落ちる瞬間「明日もカペラの笑顔で目覚めるのかな?」って一瞬思ったけどカペラと別々の部屋だったことを思い出してちょっと淋しい気持ちになった。




 眩しい……
 カーテンの隙間から差し込む光が顔に当たって目が覚めた。と、同時に「カチャ」っと扉の開く音がして「クスクス」と忍び笑いをしながら何かがベッドに近付く気配を感じた。
 布団の裾からもぞもぞと進入してくるがオレはまだちゃんと覚醒していない。
 起きなくちゃと思うのだが体が機能してくれない。
「おはよう!お兄ちゃん!」
「カペラ?」
「えへへ。びっくりした?」
 いつものようにカペラの満面の笑顔で朝を迎えると漸く思考が働き出した。
 あれ? 確か部屋は別だったはずだ。やっぱり部屋の鍵、閉めて無かったんだな。昨夜、部屋に誰も尋ねて来なかったことに安堵する。
「あのね、お風呂入ったらここに出た」
 あ、そっち。ってことは昨夜はいつでもカペラが入れる状態だったってことかっ!
 浴室が共有だなんてことをすっかり忘れてたオレは、昨夜、カペラがコッチの部屋に入って来なかったことに更に安堵した。何せ昨夜のオレ達はいつも以上にその……いや、過ぎたことだし……
「ふふふ」
 カペラが含み笑いを漏らした。
「な、何? どうかしたか?」
「テイト兄ちゃん、フラウ兄ちゃんと一緒に寝てるんだもん」
 はっ! そう言えばフラウに一緒に寝てとか言った気がする。そしてフラウは律儀にもオレが落ちないようにベッドをくっつけ、さらにオレを抱き込むように眠っている。今はその間にカペラが入り込んでいるが……
「あ、ちがうぞ、カペラ、これはその」
 オレは慌てて言い訳を考えるが起き抜けで思考が今一回らない。
「もう、お兄ちゃんはホントに淋しがりやだよね〜」
「あ?」
「フラウ兄ちゃんが一緒だったから良かったけど、一人で寝れるようにならないと恥ずかしいよ」
 そう言うと再びクスクスと笑いだした。
 カペラはどうやらオレが一人で眠れないと思っているらしい。それは大きな誤解だがオレとフラウがどうこうという考えは無いみたいだ。当たり前か、子供だもんな。
「今日はボクが一緒に寝てあげるからね」
 カペラは胸を張るように顔を突き出すと誇らしげな笑顔を見せた。なんと頼もしいんだカペラっ!
「うん」
 オレは笑いを堪えつつカペラをギュッと抱きしめた。フラウの肩もかすかに震えている。またウソ寝かよっ
「あ、そうだ、マスターの奥さんがスコーンと一緒に紅茶を中庭でどうぞ〜って言ってた。お兄ちゃん、スコーンってなんだろう?」
 カペラが瞳をキラキラ輝かせた。
「なんだろう? じゃ、カペラ支度して中庭に行こうか?」
「あい!」
 部屋の窓から見た中庭に花が咲き誇るところを想像した。昨夜は良く見えなかったけど今ならきっと陽が射して綺麗に違いない。
「フラウ兄ちゃんはどうする?」
 カペラが心配そうにフラウの顔を覗き込んだ。目の端がぴくぴくしているが開ける気はないらしい。狸寝入りを貫くつもりか?
「放っとこ」
 オレとカペラはベッドから降りると着替えをして部屋を出た。
「いいの? フラウ兄ちゃん」
「いいんだよ。フラウ兄ちゃんは二日酔いだから」
「ふかつよい?」
「そ、二日酔い」
 カペラの手を引いて階段を下りる。
 フラウは今頃部屋で一人爆笑してるに違いない。

 もう少し、一緒に寝てたかったな……

 オレは少しだけフラウの懐に未練を持ちつつ中庭の扉を開けた。





END




※やはり最後の〆はカペラですww