とある教会にて…
「いいのかよ? 司教が酒飲んで! ここは教会だぞ」
「いいんだよ。ワインは特別(ハート)、オマエも一々誰かさんみたいに細かいな!」
 オレの小言にフラウはやれやれと溜息を突いた。誰かさんとはおそらくカストルさんのことだろう。
 フラウは長椅子にゆったりと体を預けると手にしたグラスを口へと運んだ。
 今夜の宿は港町の高台に建てられた教会だ。本部に定期連絡を入れるためにたまたま立ち寄ったのだが、シスターが「ゲストルームが空いているのでお使いください」と言うのでありがたく泊めて貰う事にした。
「司祭が直々に『長旅お疲れ様』っつってわざわざよこしたんだぞ。飲まなきゃ失礼だろ?」
 フラウそう言うとグラスにワインを注いだ。教会の夜のミサに出席した際に貰ったのだろうか? それにしても夕飯もご馳走になって更にちゃっかりワインまで頂くとはどこまでも図々しいヤツだ。オレはフラウを一瞥すると部屋に付属するバルコニーに出た。高台に建てられているだけあって見晴らしは最高だ。
「!!!!!」
 視界に広がる町の夜景に思わず息を呑んだ。
 部屋に案内された時に見た景色とは違い町の明かりが方々に灯って美しい。
「綺麗……」
 思わずその光景にウットリと見惚れてしまった。手すりに凭れ掛かって腕を組み頬を乗せて景色を堪能する。時たま吹く夜風が気持ちいい。
「お、綺麗だな」
 突然頭の上から声が降ってきた。コラコラ、オレの癒しタイムを邪魔するな! と呟くも背後にフラウを感じて心臓が早鐘を打ち始めた。
「フラウ、酒臭い……」
 あっちに行けよ的なニュアンスで言ったつもりなのだが甘えてるように取られたらしい。「悪いな」と言いながらフラウの腕が体へと回された。そうじゃなくて……向こう行けって……
 オレは身を捩って脱出を試みるがバルコニーの柵とフラウの胸板に挟まれてはどうにもならない。そうこうしてる内に額に唇が当てられる。上から覗き込むようにフラウの唇がオレの唇に辿り着いた。うっかりキスを許してしまったがここは教会だということを思い出す。
「フラウっ」
「なんだよ?」
 嫌なのか? と、言いたげに眉間に皺を寄せている。
「教会だぞ」
「だからなんだよ」
「だからっ」
 教会でこういうのはマズイだろっ!! 小さい声で抗議すると「関係ねーな」とあっけらかんとした答えが返ってきた。おかしい……普通は躊躇しないか? 仮にもオマエは司教だろうがっ!
 フラウの指が服の中へと入ってきた。まずい、バルコニーとはいえ屋外だ! 人の目に触れないとも限らない。もう、遅いかもしれないが……とりあえず「部屋に入ろう」と提案するとフラウは二つ返事でオレを軽々と抱き上げた。ああ、いつものパターンだと観念した瞬間にカペラの事を思い出した。
「あ、カペラは?」
「ん? 眠そうにしてたらからベッドルームに連れてった。今頃ミカゲと夢の中だろ?」
 ベッドルームと居間のセパレートの部屋で助かった。オレは胸を撫で下ろしたがこんなことが日常になってる事が問題だよな〜と自己嫌悪に陥る。
「なんだか今日は大人しいな。心配事でもあるのか?」
 心配も何も……
 逆にフラウが心配そうにオレを見つめるから、世間体とかモラルとかうだうだと考えていたが結局そんなものはどうでも良くなってしまった。「なんでも無い」と言うと首に腕を回した。





「ん……」
「テイトちょっと浮かして」
「ん」
 フラウに言われるがまま、素直に腰を浮かすとフラウの指が滑り込んだ。
 例によって例のごとく、ラブラドールさん特性のアロマオイル(潤滑油とは絶対言えない!)の香りが部屋中に充満した。
「やだ……」
 いつもの疼くような刺激に一度は抵抗を見せるがフラウは聞き流してさらに円を描くように指を動かす。
 そう、本当に嫌ならこのエロ司教の体を突き飛ばせばすむこと。それができないのは結局求めているから。自分でも解ってるしそんな自分をフラウに悟られているから一層性質が悪い。このエロ司教めっ!
 淵をなぞるような中途半端な刺激にもどかしくなって自ら腰を揺らしてしまう。
「やだと言うわりには……イテッ」
 フラウの意地悪なセリフを最後まで言わせないように首っ玉に齧り付いた。
 もう、いい加減指じゃなくて……
「フラウっ!」
 睨みつけるがフラウは指の動きを止めない。怠慢な行為に焦れた俺は先を即すようにフラウの首に回した腕を絞めた。前も後ろもどうにかなりそうだ。
「テイト、苦しいって」
 泣く子を宥めるように笑いながらフラウは首に巻きついた腕を外すとオレの顔を覗き込む。
 意地悪に光るフラウの眼は明らかに限界のオレの口から言わせたがっている。
 フラウは固く結んだオレの唇を舌でペロッと嘗めた。
「どうして欲しいか言ってみろ」
 優しいフラウが時折見せる、獣のような眼が鋭く光った。その視線にゾクッと体の芯が熱くなる。熱に浮かされたように口が薄く開く。
「もう……」
 って、言えるかっ! 何を言わせる気だっまったく! オレは言葉を続ける代わりにギロリと睨みつけた。
「言えば欲しいだけくれてやる」
 そう言うと目尻に優しいキスを落とす。同時に指が限界だろ?と問うように先端を弾いた。
「あっ……」
 本当に限界だ。オレはフラウ自身を自分に宛がうと腰を落とした。
「あ、テイト反則っ!」
 さらに前に自分の手をあてようとしたらフラウに阻止された。
「離せっ」
「ったく、ちったー素直に言ってみろよ」
 フラウは呆れた溜息を吐くとゆっくりと腰を突き動かした。
「んっ」
「オレが欲しいって……言え、テイト」
 フラウは目を細めると淋しそうに微笑んだ。力強い動きとは裏腹に。
 オレは与えられる刺激にどうにかなりそうでコクンと頷いた。
「フラウが…欲し」





 オレは重石のように圧し掛かるフラウを懸命に押し上げた。
「ん……重っ! フラウ! 無駄に筋肉付け過ぎ!」
「むっ! 無駄とはなんだ! 無駄とは! オレの肉体美をいつも羨ましがってるくせに」
「誰が羨ましがってるって?」
「風呂上りのオレを物欲しそうに見つめてるだろうが!」
「どっちがっ!」
 いつも食べたそうに見てるのはオマエだろうがっ!
「ああ、オレはいつもオマエを美味そうだって目で見てるぜ。悪いかっ!」
「開き、直るな! バカフラウっ! いいからどけよっ!」
 本の数分前までキスしてたのだが事が終わって素に戻ると途端にこれまでの行為が恥ずかしくなる。フラウに対する憎まれ口も照れ隠しだ。おそらくそんな事もフラウは解っているんだろう?
「たまには朝まで大人しくオレの腕にだかれてろっ」
 フラウが楽しそうに言うから、オレもそんな朝を思わず想像してしまった。フラウの腕の中で目が覚めるのも気持ち良さそうだ。
 で、起きて来たカペラに『お兄ちゃん達、なんで裸なの?』って訊かれたらどうするんだよっ!
「やっぱ無理!」
「カペラかっ」
 フラウは溜息を突くとそれ以上は無理強いせずにオレの上から身をどかした。それはそれでちょっと淋しい……
「ほれっ」
 フラウが手を伸ばしてオレを抱き起こした。
「もう、眠いんだろ?」
「ん? そんなことない」
「いいから寝てろ」
 眠く無いよと呟いたがフラウに抱き上げられた途端睡魔が襲ってきた。多分、次に目を開けたら眩しい朝日とカペラの笑顔が飛び込んでくるに違いない。申し訳ないが後はフラウにまかせるとしよう……オレは重たくなった瞼を開けるのを諦めた。




「おはようテイト兄ちゃん!」
 お決まりのカペラの笑顔が視界に飛び込んできた。
「すっごい、お外が綺麗だよ〜!! 海がキラキラ光ってるの」
 オレの中ではカペラが一番キラキラ光ってるよっ! 目を擦るもまだ眠い。
 うっすらと目を開けると「ねえ、ねえ、早くコッチ来て」とカペラがバルコニーから手招きする。
 そっか海の近くなんだっけ? 綺麗だったな昨夜の夜景は……って、ところでフラウとの熱い一夜を思い出す。やっちまったっ! 教会の中なのに罰当たりがっ! 一気に思考が冴え渡り血液が上昇したオレは飛び起きると隣のベッドの屍を蹴り起こした。
「なんだよっテイト、朝っぱらから乱暴な」
「なんだじゃないっ。この罰当たりがっ! オマエはそれでも司教かよっ」
 オレが怒りを捲くし立てるとフラウはまたかと溜息を突いた。
「あのな、テイト、オレはアノ後、寝ているオマエを風呂に入れて服を着せてベッドに運んだんだぞ。こんなにも奉仕愛に溢れたオレが司教なのは当然の事だろう? そう思わっ」
 フラウの口を枕で塞ぐとカペラの居るバルコニーに出ると爽やかな朝の空気を思い切り吸い込んだ。流されたとはいえオレも同罪だ。今日から気持ちも新たに心を入れ替え司教見習いらしく慎ましやかに生きていこう!
 カペラが言うように海に朝日が反射してキラキラしている。
「綺麗だね〜」
 カペラに向かってそう言うと満足そうに微笑んだ。
「ね。ね。キラキラしてるでしょ。それでね、テイト兄ちゃん、あっちのお部屋、お花無いのにいい匂いするの! なんでかな?」
 嬉しそうに手を引っ張るとオレを居間へと連れて行こうとする。ああ、カペラ、それなら知ってるよ。だって昨夜、ラブラドールさん特性のアロマオイルを使ったから……。何に使ったかって? それはね……って言えるわけねえしっ
「あ、ほんとだお花の匂いがする」
 ここは無難に惚けておく。そして心の中では『どうかカペラがこれ以上不思議探しをしませんように』とお祈りも忘れない。
「あとでシスターに聞いてみるね!」
 とオレのお祈り空しくカペラの好奇心は留まる事を知らない。
「あ、カペラ、あれだ。ほら、フラウの香水!」
「でも、こんなに匂うかな〜? 零しちゃったのかな?」
 カペラが頭を捻った。
「きっとそうだ! まったくフラウってばドジなヤツだな」
「ドジだね〜」
 カペラはどうやら納得したらしい。良かった良かった……
「んあ〜。オレはそんなドジはやらねーぞー」
 フラウが欠伸しながら寝室から出て来るとオレ達の会話を聞いていたのかあろうことか否定しやがった。そこは乗っかるところだろっ!
「お香だ、カペラ」
 あ、なるほど。って、もしかして本来の使用目的なんじゃないのか?! 何が潤滑剤だよっフラウのヤツっオレを騙したな! ま、この再だその事に関しては多めに見るとしよう。
「わ〜いい匂い!」
「だろ〜?」
 フラウが何か余計な事を言うんじゃないかと気を揉んだがどうやら心配なさそうだ。カペラの相手をフラウにまかせてオレは身支度をしようとバスルームに入った。
 さっぱりとシャワーも浴びようと下着を捲し上げると身に覚えのない打ち身のような痣が腹部に点在している。コレって……
 フラウのヤツっ!!!!!!




 司教らしく、今後は慎み深く、慈愛に満ちた精神を心掛けようと誓ったが、早くもその誓いを破りそうな気がする。確実に!




Fin